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「俺はしばらく昼寝するから、しばらくの間そうしといてくれ」
来週からは23時30分始業の早朝勤だ。体内時計の調整のための夜ふかしのための昼寝は欠かせない仕事なんだ。
「オニーチャン、オハヨー」
起きると夕日が差していた。
テレビでは、麻薬所持で逮捕されるまで一世を風靡していた人気女優が縫い針で顔を縫われていた。
映画での役は全身整形のトップスター、現実でも最後まで世間の話題を掻っ攫った。
だが手術の痛みに耐える演技をする顔は、どこか可愛らしくもあった。
「リリコ、カワイイ……」
その後の場面で主人公がドレスを纏い、ファンの歓声を一身に浴びる様子が映し出された。
まるで痛みに耐える理由を示すかのように。
巻き戻しかたに気付いたのか、時折何度も同じ場面を繰り返しながら言葉を真似て発音していた。
「そんなものに憧れるなよ」
女の主演女優を見る目が、映画のエキストラの女子高生と実に被った。
この映画の主役の痛々しい生き様は、女性の美意識そのものなのかもしれないと思った。
「オニーチャン、ナマエ」
名前……、か……。
「創。佐藤、創」
俺は五十音表を手にとり、ハとジとメを順に指差しながら言った。
「きみは?」
「?」
女は不思議な顔をしていた。よく考えれば、自分から名前を聞いてきただけでも上出来だ。
「名前」
俺は右手で女を差した。言葉もマナーも覚えかけって厄介だな。変に覚えられては困るから、発言と所作に気を使う。
「セリア! セリア・ミスティリ・ノワール!」
おそらく途中で区切ったのは、ミドルネームがあるからだろう。長いからセリアでいいや。
「ハジメ! ゴハン!」
そっか、お腹がすいたか。時間だし夕飯買わないとな。俺はセリアの手を引いて、近所のスーパーへと向かった。
「自炊覚えようかな」
手には安売りの惣菜弁当と、朝飯用のレーズンパンと昼飯用のレトルトパスタソースが全部ふたり分。
ひとり暮らしだと痛手じゃないが、ふたり分はさすがに高い。来週から日曜はバイトしよう。
「ハジメ! ノミモノ!」
セリアが自販機を指差しはしゃぐ。勘弁してくれよ、今日だけでいくら使ってると思ってんだ。
「駄目」
顔をしかめてこちらを睨む。図々しい居候だな、駄目なものは駄目だ。
「イタダキマス」
言葉をいろいろ覚えたのはお利口だが、唐揚げを手でつまむな。
その手でいろいろ触りやがったら追い出すぞ。
「箸使え」
俺は箸を取ってセリアに渡した。実に嫌そうな顔をする。
そういえば、昔のヨーロッパではテーブルクロスで手を拭きながら手づかみで食べてたんだっけ?
そんなんだからペストなんか流行ったんだ。
「使え」
困った顔でこちらを見る。俺は表情を変えず目を合わせ続けた。
「う〜〜」
不機嫌な顔で箸を唐揚げに刺して食べだした。行儀が悪いが、今度はこっちの根負けだ。
「オミズ! アタタカイ!」
食後に一服していると、セリアに風呂場へと引っ張られた。飯食った直後は消化に悪いぞとは思ったが、もうこれ以上疲れたくなかった。
「だんだんと、性欲が鬱陶しくなってきた」
昨日は野良猫を風呂に入れてる気分だった。今日は、手のかかる妹を風呂に入れてる気分だった。
そんな発情してはいけないものに発情している気分になりながら、俺はいきり立ったモノをトイレでしごいた。
「あはははははは!」
突然トイレのドアが開いた。セリアが指差し笑っていた。
今朝の仕返しといったところだろうか、わざわざ出した瞬間を狙いやがった。次からトイレに行くときは、絶対に鍵をかけよう。
「ハジメ! トイレ!」
トイレから出ると、セリアが愉快そうな顔をしていた。腹わたが煮えくりかえるのがわかった。頭に血が上るのがわかった。
殴ってやろうか、犯してやろうか。
「モ、モウシワケアリマセン……」
俺がセリアを拳を握って睨みつけると、セリアの顔が急にしおらしくなった。
ビビっているというよりは、罪悪感に苛まれている顔に見えた。
「次は、しないか?」
不誠実は咎めても無知は咎めない。次があれば、それは覚えなかった不誠実だ。
「ツギハシナイ……、モウシワケアリマセン」
俺が屈んで目線の高さをセリアに合わせて問いただすと、セリアは素直に謝ってきた。
「ならいい。だが、次は無いぞ」
俺はセリアの肩を抱いて頭を撫でた。
「ハジメ……、うぇっ……、ぐすっ……」
緊張感が解けたのか、震えが止まって泣きだした。ひとしきり泣き終えると、すーすーと寝息を立てた。
「こいつなりに、頑張りはしたみたいだから疲れたんだろうな」
俺はセリアをベッドに寝かせ、スマホのゲームアプリを起動した。
俺はこれから、明日に備えて夜通し起きていないといけないんだ。
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