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「こいつなりに、頑張りはしたみたいだから疲れたんだろうな」
俺はセリアをベッドに寝かせ、スマホのゲームアプリを起動した。
俺はこれから、明日に備えて夜通し起きていないといけないんだ。
「ハジメ……、ハジメ……、ハジメ……、え〜〜、……、スキ〜、……」
俺は共感性羞恥の笑いを堪えながら玄関から出て扉を閉めて爆笑した。他人が眉間をしかめながら寝言を並べているところを初めて見た。
こいつ、俺の夢を見ながら夢のなかで頑張って日本語を思い出してやがる。
「トイレ! オワリ!」
脱衣場にシャツが投げてあると思っていたら、トイレのなかからセリアが出てきた。
そういえば、昨日はこいつを裸にさせて用を足させたし、俺も風呂上がりだったから裸だったな。
「こうでいいぞ」
俺はあえて扉を開けたまま下だけを下ろしてシャツをたくし上げて朝のお通じを済ませてみせた。
「〜〜! 〜〜!」
悪かったな。急ななかでの咄嗟の行動だったんだ、許せよ。
「イタダキマス!」
セリアが床に直に女の子座りしながら両手を合わせてパンをかじる。俺は食欲がわかないなかで、自分のぶんを腹に詰めこむ。
一週間三交代制は、これがしんどいんだ。乱れる自律神経を、シフトに合わせ半ば無理やりにすり合わせる。
本来ならここでひと眠りしているとこだが、それではこいつが退屈するだろ。
「あはははははは!」
アメリカンな絵柄の猫とねずみの追いかけっこ。俺はもう見飽きたが、こいつには新鮮で面白いようだ。
「ハジメ! アレナニ?」
「ポンプ!」
しかし、皮肉もいいところだ。アメリカ生まれのアニメを見ながらそれを指差し日本語の勉強。
もし親戚に小さな子供が居たらこんな気分になるんだろうか、無邪気で健気で微笑ましい。
本来なら文化があまりに違うはずだが、進みきったアメリカナイズドで全くといっていいほど違和感がない。
だが、それももう限界だ。一晩気合いで眠気を無視した疲労のなかで、背中が痛みを胃腸が悲鳴を脳が眠気を訴える。
「ハジメ」
セリアが自分の太ももの上に俺の頭を促した。俺は遠慮なく頭をのせた。
「オツカレ」
膝枕なんて何年ぶりだ。女体って、どうしてどこもこう柔らかいんだろ。
俺は昼夜問わず室温の高い夏の朝に、人肌の温もりを感じながら眠りについた。
「ハジメ! オキタ!」
「もう昼か」
こいつ、ずっと膝枕してたのか。足、しびれなかったか?
俺は湯を沸かしてふたり分のパスタ麺とレトルトパウチを温めた。セリアはフォークで、俺は箸でパスタを食った。
「これからちょっと行きたいところがある」
「?」
俺はセリアの頭に半ヘルを被せ、愛車グランドフィラーノの後ろに乗せた。
「落ちるなよ」
車重約100キロ、それに大人ふたりが乗ると当然バランスが悪くなる。買ったときは、二人乗りする可能性なんて頭に無かった。
「着いたぞ」
大変だった。特にセリアが点滅する歩行者信号に興味を示して身を乗り出したときは落とすかと思った。
俺はセリアを降りるよう促し、自分も降りてメットをメットインとリアボックスに入れた。
「ホン! イッパイ!」
「し!」
俺は口のまえで指でバツを作った。セリアは周囲を見回したあとこくこくとうなずいた。
手を引いて連れて本棚を見回していると、セリアはシーフマスクの狐の児童書に興味を示した。
俺はセリアを椅子へと連れて本を読みだしたのを確認すると、喫煙所で一服するため外に出た。
「受動喫煙防止、反対」
俺は一服を済ませるために道路まで出た。これでこの街が路上喫煙禁止になったら、俺は死ぬ。
一服し、真夏の日中のウォーキングでいい汗を流し俺はセリアのもとへと戻った。
喫煙は身体にいいぞ、ニコチン依存の解消のために歩くから。
そんな冗談はさておいて、セリアが一冊読み終わったところで元の場所へ戻させた。
どうやら気に入ったようで、次の一冊を手にとって俺のほうを見た。俺が静かに頷いてみせると、セリアは笑顔で椅子へと戻った。
「閉館だ。帰ろうか」
結局セリアは閉館まで様々な本を次々手にとり読んでいた。どうやらここが、相当気にいったようだった。
俺は途中で寄り道して買い物を済ませ、帰宅後セリアと晩飯を食べて普段着兼部屋着から作業着へと着替えた。
セリアを寝かせ、長いセリアとの一日が終わったが、俺の一日はここから始まる。
「どうか大人しくしてくれていますように」
さて、今週も頑張るぞ。
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