フタリガシアワセ、フタリガシアワセ

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フタリガシアワセ、フタリガシアワセ

「こんな嬉しくない給料日は初めてだ」  セリアを拾ってはや一ヶ月、俺は給与明細を見て呟いた。  給与が手取りで約15万。  そこから家賃4万、光熱費1万、通信費1万、タバコ代1万5千、食費がふたりで約6万。  ギリッギリのカッツカツ。バイクの維持費やその他もろもろイレギュラーな出費のことも考慮すると、贅沢なんてできっこない。  缶コーヒーが空になる。タバコヒーターが点滅する。仕事終わりのひとときの終わり。  俺はため息をつきながら、メットを閉めて帰路についた。 「ハジメ、オカエリ」 「ただいま」  扉を開けると、セリアがこちらに飛びついてきた。こいつもさぞかし退屈だろう、なにせ楽しみがアマゾンプライムと図書館の本以外無いんだ。  ついでに俺は、今週が8時始業17時終業の日勤で、日中仕事で本を借りれない。  日本は日本人にだけ優しい。外国人や無戸籍者にはとことん厳しい。 「ハジメ?」  セリアが心配そうに、こちらの顔を覗きこむ。そんな顔するなよ。 「悪い、ちょっと考え事してた。別に大したことじゃない」 「アナタ、オフロ? オフロ? ソレトモ、オ・フ・ロ?」 「わかったから急かすな」  初めて出会ったその日から、風呂場がスキンシップの場所だった。こういうの、猫の世界ではアログルーミングっていうんだっけ? あの猫同士で毛づくろいし合うやつ。  俺たちは毛づくろいを済ませると、炊飯器からご飯をよそって惣菜を並べ飯にした。  食べ物に好き嫌いが無いのがありがたい。値段と栄養で献立を組める。  食後の一服をしていると、セリアが食卓を片付けた。暇つぶし半分、居候の恩義が半分といったところだろう。  理由なんてどうでもいい。おかげさまで、数百円のテーブルと百均で買った茶碗とコップはいつ使ってもぴかぴかだ。  セリアがテーブルを折りたたむ。プレステに電源を入れ、座布団に俺を座らせる。  その膝の上にセリアが座り、アマゾンプライムを操作する。画面には、最近人気のスパイの血の繋がらない家族のアニメが映された。  それぞれ各々事情を抱え、打算と保身で形成されるが日々家族としての情が深まっていく様が描かれる。 「非現実的だからこそ、安心して観ていられる」  それがこのアニメの感想だ。  まず、スパイが組織以外の見ず知らずの人間と関係を持つことがリアリティに欠ける。スパイは狙う側であると同時に狙われる側でもあるだろう。  通常生活サイクルを他人に把握されることすら嫌がるはず。本人も組織も。  それが、一個人に任務に関わる人間のチョイスを一任し、組織と無関係な人間とひとつ屋根の下で暮らすなどとありえるだろうか。  次に、任務自体も疑問だった。いくら敵対勢力の要人とはいえ、そのような性急な作戦を考えるだろうか。  当たり前だが、滅多に表に出てこないということは本人はあまり動かないということでもある。  実行部隊を少しずつ削げば、いつか本人が動かざるを得なくなるだろう。  あくまでも、俺ならそうするという素人の妄想だ。こんな考えが頭をよぎる以上は、俺も俺なりに見入ってるんだろうな。 「ロイド、カッコイイ」  重大な役割を密かにしめやかに裏で担う、危険で高給な裏稼業。給与は描かれはしないが、かなり高価であろう買い物を手持ちで建て替えているサマが生活水準の高さを連想させる。 「ハジメ、カオ、オモシロイ」  そっか、顔だけでも面白ければなによりだ。俺は凡百のライン工。  数十年平和が続いた国の、経営の安定した工場で働く戦争どころか大きな天災ひとつで生活なんて破綻しそうな実にか弱いつまらない生き物だ。  この作品の、優雅でクールな縁の下の力持ちの主人公とは、似ても似つかぬ無様でみじめな人生だ。 「ヨル、カワイイ……」  またそれか。女って、こんなのが魅力だと思ってるのか。世間知らずの天然ボケの危なっかしさが、俺からすれば傍迷惑で煩わしい。  なまじっか心が読めてしまうがばっかりに面倒臭さが倍増している幼女に加え、伴侶がこんな調子では、俺だったら過労死してるな。 「だが、創作物は非現実だからこそ楽しめるんだ」  現実の世界は楽しもうとすればリスクが伴い、不安を消せばつまらなくなる。そして他人との繋がりは、ほぼ絶対にストレスを生む。  俺は19で家を出た。バイトで貯金を作ったのちに大学を辞め、家出同然に出て行った。  常に両親の顔色を伺っていた日々が終わり、自分のことを自分ですればあとのことは気にしなくていい平穏な日々が始まった。 「アーニャ、カワイイ?」  膝に座るセリアがこちらの顔を覗きこむ。自分を重ねているのかもしれないだろうが、同居の理由は任務じゃないぞ。 「かわいいよ」  俺はセリアの頭を撫でた。平穏と退屈の日々の終わりも毒を食らわば皿までだ、拾った以上は責任持つさ。  1シーズンぶん視聴し終えて、時刻は日付が変わるころ。面白かったがさすがに疲れた。  どうか明日は2時間くらいで終わる話を気に入ってくれ。  俺はベッドに寝転んだ。満足気なセリアを抱き寄せ、背中を撫でて消灯した。
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