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1シーズンぶん視聴し終えて、時刻は日付が変わるころ。面白かったがさすがに疲れた。
どうか明日は2時間くらいで終わる話を気に入ってくれ。
俺はベッドに寝転んだ。満足気なセリアを抱き寄せ、背中を撫でて消灯した。
「ハジメ、ヒドイ! キノウドヨウダッタ!」
平日溜めた疲れを取りたい週末の布団の上で目を覚ますと、時刻はもうお昼まえにもなっていた。起きると同時にセリアに凄い剣幕で問い詰められた。
昨日俺は、ライブ会場設営の日雇いを見つけて飛びついた。帰ったときには深夜だった。
「悪かった。代わりに今日はいいもの買ってやるから」
誰のせいで忙しいと思ってるんだ。それにどうしても買いたいものがあったんだ、日勤の週末は俺の貴重な収入源だ。
「イイモノッテ? ケーキ?」
「違うよ。できれば役に立つ日が来てほしくないものだ」
俺は朝食と身支度を済ませると、セリアを乗せたバイクに乗った。
「ハジメ、ココハ?」
「バイク用品店。その格好じゃ、危ないからな」
セリアの格好は素手にサンダル、サイズの合わないTシャツとジーパン。おまけに頭は頭蓋骨しか守ってくれない半ヘルときた。
原付にプロテクターはやり過ぎと思うかもしれないが、車にオカマを掘られたときとか考えるとそんなことは全然ない。
「コレ、カブラナイト、ダメ?」
「ダメ」
フルフェイスを被せると、セリアが嫌悪感を露骨に示した。だが人間の顎は時速30キロで激突すれば砕けるんだ。
一生歯無しはそっちのほうがださいだろ。
「コレカワイイ」
ピンクの蝶が描かれた、黒のジェットヘルメット。琥珀色のグラデーションのシールドが顔面を覆う。
よく似合ってるとは言えたものでない。危ないものは、危ないんだ。
「お客様、こちらはいかがでしょうか」
「カワイイ」
店員が気を利かせて持ってきたものは、国内一流ブランドのフルフェイス。黒の帽体に桜の模様が刻まれていた。
機能は申し分なしだ。だが、致命的に予算オーバーだ。
「すみません、金銭的に厳しいです」
「ハジメ、貧乏」
貧乏だけ流暢に発音するな。
「失礼しました。ごゆっくりどうぞ」
「コレカワイイ」
仕方ないんだ、どうせピンクナンバーのスクーターだろと自分自身に言い聞かせる。
俺はさっきのジェットヘルメットの販売用を買い物かごに詰めこんだ。
「好きな色選んでいいぞ」
「コレ、キナイトダメ?」
続いては、プロテクター付きのメッシュの上着。
もしかしたらインナーのほうがいいだろと思うかもしれないが、こういうもので個人的ないちばんのNGが、着るのが煩わしいものなんだ。
着るのに手間がかかってしまうと、着るのが億劫になってしまう。
そして着なかったときに限って事故というものは起こってしまう。
考えてみればそうだろう? 手間を惜しむときってのは、焦ってるか疲れてるときだ。
人というものはそういうときに注意力が下がってしまう。
「案外バイク以外でも使えるんだぞ。真夏のちょっとした外出に着ても暑くないんだ」
「……コレ」
ようやく選び終わったようだ。その他ジーパングローブシューズと買い、5万円ほど消し飛んだ。
その後帰宅し、梱包を解いてタグを外した。
「ハジメ、カネモチ」
嫌味だろそれ。なけなしの貯金に手をつけて、こっちはかなり痛手なんだ。だが、安全には変えられない。
時代遅れかもしれないが、女の肌の傷痕は嫌。
「金持ちじゃない」
「ジャ、ナンデ」
「そうだな、今日はちょっと遠くに行くか」
俺はスマホを操作しナビを起動し、橋の渡された離島を目指した。
「オッキイー」
「トレーラー見るの初めてか?」
用品店から国道を抜け、大橋へ続く埠頭に出ると、トレーラーを追い越した。
「コンテナ! クレーン!」
日曜日の昼間でも、大型クレーンがてきぱき荷物を捌き分けてた。物流に休祝日は関係ない。
だからこそ俺たちは店でモノを買える。日々当たり前の幸せは、他人の仕事で出来てたりする。
「目的地はこの先だから」
「ナニガアル?」
「島」
陸繋砂州が島へと伸びる、その手前の交差点。
チンガードを上げ話しかけると、シールドを開けたセリアが顔をこちらに寄せる。その様子がよく洗車されたミニバンのボディに映る。
このタンデムツーリングデート感は、ちょっといいな。
「ウー! ミィー!」
海浜公園を通り過ぎたさらに先、道路のみが島へと伸びる。護岸された道路の脇に波がぶつかるそのたびに、潮の香りが鼻をくすぐる。
島の外環をまわっていくと、目的地へとたどり着いた。
「着いたぞ」
「ナニガアル?」
「ホットドッグ」
「ソレデ?」
「食べる」
「ダケ?」
「だけ」
「フーーン」
急激にテンションの落ちたセリアを連れて、俺は店に入っていった。
「そんな顔するなよ」
「家デモタベレル」
そんなこと言うなよ。プロが作ったホットドッグだぞ。
それに、
「これは家では見れないだろ」
外の景色に目をやると、水平線まで海が広がる。荷物を乗せた貨物船が、その先へと消えていく。
「タノシイ?」
そんなことを言われたら、ツーリングの醍醐味が全否定だ。
旅路の果てに夢を馳せながらスロットルを握り締める。その過程が大事だから、目的自体は最低限。
「普段見ない世界って、いろいろ新鮮だろ」
「ハジメガ、タノシイ」
セリアが顰めた顔のまま、うんうんと2回頷いた。これ以上はバツが悪い。
ホットドッグを食べ終えると、会計を済ませ店を出た。
「ハー、ヤットツイター」
そのまままっすぐ帰宅すると、セリアがウェアを脱ぎ捨て伸びをした。嫌味な態度を露骨に示した。
「そんなこと言うなよ」
確かにこっちがひとりで勝手に盛り上がっていたのは認める。だが、悪気は無かったんだ。
俺は自分のウェアも脱ぎ、部屋着に着替えて2人ぶんのウェアをラックにかけた。
「ハジメ、タノシカッタ?」
「わかったからもうやめてくれ」
確かにひとりで盛り上がり過ぎたかもしれないが、別に悪気があったわけじゃない。
俺は殴り倒してやりたい気分を吸ったニコチンで相殺した。
「ハジメ、モットワガママデイイ」
突然何を。
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