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ナイスバディな面倒事に出くわした
「俺はいま、最高に幸せだ」
日付をまたいだ帰り道、ハンドルに提げたレジ袋。
中身はコーラハイとスナック菓子と、チェーン店のハンバーガー。
明日休日だからこそ許される、酔い潰れるという贅沢。
親父が見たら呆れるだろう。お袋が見たら哀しむだろう。
だが俺は、その事実にも感謝する。
「ザマーミロ」
子供の出来で見栄を張りたい、そのエゴだけで俺を育てたその衒気。それを裏切る気味の良さが酒の肴だ。
おっといけない、危うく信号を無視するところだった。深夜のベッドタウンは人が少なく、つい交通マナーがいい加減になる。
信号が青になると、俺はスロットルをひねり発進した。いち早く家に帰りたいが、住宅街を走るにあたってあまりスピードを出せはしないのがもどかしい。
「おっと、危ない」
街灯が照らす電柱の根に、うずくまる人の影が見えた。危うくレジ袋を当てそうになり、俺はとっさに停車した。
「オジサンニ……、タベテイイ……、モマセテクレ……」
よく見ると金髪の小柄な女性だった。そして、レジ袋からハンバーガーをおもむろにつかみ取りあっという間に食べ尽くした。
「何しやがんだてめぇ!!!」
よくも俺の晩飯を。それもよりにもよって、この一週間待ちわびた晩酌のメインディッシュを。
俺はフリルのついたボンテージビキニのような服の胸ぐらをつかんで睨みつけた。女の目に涙が浮かぶ。
「……オネェチャン……、イイオッパイダナ……、ソノカワリ……」
その女は、衣服をずらし豊満な乳房を露わにすると、俺の手を取り手のひらを押し当てた。揉ませてやるからチャラにしろってか。
にしても日本語が不可思議だ。
「オネェチャン! イイニオイダロ! タベテイイ! ソノカワリ! オジサンニ! モマセテクレ!」
女は何かを思い出すように一時思案したあと、褐色の肌に涙を伝わせ、両眼を大きく見開きながら紅色の瞳を収縮させて、腹から声を出してきた。
ふ〜ん。要するに言葉すら不自由ななかで、胸を揉ませれば食べものをくれた気前のいいオッサンが居たのね。それに味をしめてこんな必死に懇願してるの。
「離せ! 俺と関わるな!」
俺は女を突き飛ばした。面倒事には距離をとって無関心無関係を貫くのがいちばんだ。
「う……、うあ……、うああああ……」
女は力なくうなだれながら泣き出した。この閑静な、不特定多数のひとがねぐらに使うベッドタウン。この女は一体何人に食べものをせがみながらそして断られ放置されて今に至るのだろうか。
警察に通報するのがいちばんだろうが、この見た目だし言葉があまりに不自由だしで、どう考えても普通じゃない。
放っておくのはバツが悪い。
「おい、泣くな。俺んちはもうすぐそこだ。ついて来い」
俺はスクーターから降りて女の背中を軽く叩き、道のさきに指で促した。どうせ言葉は通じなかっただろうが、意図は伝わったようだった。
「先に風呂に入ってからだ」
俺はスクーターを押し汗だくになりながら先導して、なんとか家までたどり着いた。だが、この外に居るだけで汗が滴り落ちる季節の浮浪者だ。部屋に臭いと雑菌が付いてはかなわない。
本当に紐で脚に結わえつけられた本物志向のグラディエーターサンダルを脱ぐのをじっと待ち、脱衣場で服を脱がせて風呂場に連れこんだ。
俺も作業着の上を脱いでシャツの袖をまくり、ズボンの裾をたくし上げてなかに入った。
「熱くないか?」
適当に湯加減を調節し、足先にそっとかける。
「タベテイイ」
どうやら、この言葉をオッケーという意味として覚えたらしい。俺は野良犬のような臭いのする全身へとお湯をかけた。
「しみるからな。目、閉じとけよ」
俺はまぶたにそっと手を当て、閉じるように促した。目を閉じたことを確認してからシャンプーを手にとり泡立て頭を洗った。
指の腹で頭皮を洗うと、毛づくろいされる動物のような顔をした。俺は手から泡が消えるそのたびに、シャンプーを手にとって頭皮毛根毛先と順に洗っていった。
髪を洗っていて気付いたのだが、耳が不自然なほどに長く尖っていた。
触っても痛くなさそうで、病気なわけではないようだ。
おっと、男のひとり暮らしにコンディショナーなんて気の利いたものは期待するなよ。明日の朝は、髪が大爆発してるかもな。
「さすがに首から下は自分で洗えよ」
髪と頭についた泡をシャワーで流し、ボディソープをタオルにつけて、肘からさきを擦ってやってそれからタオルを手渡した。
「オジサンニ……、モマセテクレ……」
女がもの淋しそうな顔でシャツをつかんだ。やめろよ、シャツに泡が付く。
右も左も分からないなか不安なのかもしれないが、こっちは生まれて32年の間ずっと素人童貞なんだよ。
「オネェチャンイイオッパイダナ」
再び手を取り胸の方へと導いた。好きに触っていいからひとりにするなってか。わかったよ、毒を食らわば皿までだ。
俺は両手、胴体、両脚、両脚の間と心を無にして洗っていった。
髪を洗っていたときもそうだったが、普段節約しながら使っているモノがみるみるうちに減っていく。
ようやっと小柄で引き締まりながらも出るところのしっかりと出たワガママボディを洗い終えた。
最初汚れかと思ったが、下腹部に羽根のついたハートのようなタトゥーがあった。
「よし、上がろうか」
俺は風呂場から出ようとした。またシャツを掴まれた。
「シミルカラナ、メ、トジトケヨ」
もう片方の手にはタオルが握られていた。おそらくは、「洗ってあげる」と言いたいんだろうな。
俺はもう考えることをやめた。泡だらけのシャツと作業で汚れたズボンと汗だくの下着を洗濯機へと放り込んだ。
「イイオッパイダナ」
自らの身体の自覚はあるのか、意味合いは把握しているようだった。女は小悪魔じみた表情で、俺の張り詰めたモノを指差し言った。
「ちょっと待っててくれ」
俺は女に待つよう促し、濡れたままトイレに駆けこみ鍵をかけた。
さすがに理性の限界だ、出しとかないといつ暴発するかわからない。
一応はスッキリさせてトイレを出ると、濡れたままで立っていた。
全身をタオルで拭き上げて、それから自分の身体も拭いた。
身長差が幸いした。適当なTシャツを着せると、隠れてほしいところは隠れた。
「オネェチャン……、イイニオイダロ……」
ハイハイ、お腹がすいたんですね。
「ちょっと待ってろ」
俺はお湯を沸かして非常時用のカップ麺を二個出した。今日の晩ごはんはカップ麺とスナック菓子とコーラハイ! うん、実に健康的だ。……ハンバーガー食べたかったな。
「いい匂いだろ。食べていい」
馴染みのある言葉のほうがわかりやすいだろ。目のまえでカップ麺を箸ですくって食べだすと、見様見真似で食べだした。
かなり手先が器用なようで、不格好な持ちかたながらすぐに麺を口に運んだ。
「食べていい」
俺はスナック菓子の封を背中から開け、袋を大きく平らに開いてちゃぶ台の上に置いた。
だいたい予想はしていたが、コーラハイのプルタブを起こしているあいだに大部分を食べられていた。
さすがに口のなかが乾いた様子の女を横目に顔を逸らしてコーラハイを飲み干し、コップに水道水を入れて女に手渡した。
電子タバコにスイッチを入れ食後の一服をしていると、女がまじまじ見つめてきた。
デザートのおねだりか? 副流煙を味わっててくれ。
「眠くなってきたな」
俺はソファーベッドに女を運んだ。女に床で寝ろは酷だろ。今日は俺が床で寝る。
「ソノカワリオジサンニモマセテクレ」
抱きかかえた女をベッドの上に敷こうとしたら、女に腕をつかまれた。
どういうことだか身体に力が入らなくなった。
「オジサンニモマセテクレ」
両眼とハート型のタトゥーが爛々と光る。シャツ越しに輝きがわかるほどに。
身体の内から爆発のごとく性欲が湧き、思考することを諦めた。
俺はその赴くがままに女の上に被さった。
「モマセテクレ」
女が俺の首に腕を絡ませ顔を顔に近付け両眼を閉じた。
事切れたように寝息を立てた。
「誘うだけ誘っておいてそれかよ」
俺は再びいうことを聞くようになった身体を女から剥がそうとした。
「む……」
この女は離れようとすると起きかける。首の後ろに絡ませた腕に力が入る。
暑く寝苦しい夏の夜、俺は大きな湯たんぽとともに眠りについた。
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