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うさぎ鍋VSジンギスカン鍋
朝飯は俊が作ってくれていた。
オフで浮かれ過ぎたとかで、夜通し煮込んだ牛骨で作られたソルロンタンスープだ。
牛の骨なんてどこで手に入れたのか聞く勇気は無いけど、とにかくそれを有り難く朝飯に頂いて、俺たちは早速デートに出かけた。
そう、なんと初デートだ。すでに結婚してるのにな。
俺は一応気合いを入れて、周囲にバレない範囲で精一杯服を選んでみた。
ヴィンテージ加工のストレートスリムの黒デニムに、編み上げの黒いブーツ。
胸元の開いたカットソー、灰色のロングカーディガン、プラス、ネイティブアメリカンのシンプルなチョーカーと、うさ耳にピンクサファイアのピアスとイヤーカフ、手首には革紐と時計。
ミックスパーマのかかってる髪をスタイリング剤で束感出るようにセットして、眉毛も精一杯整えた。
ちょっとファッションに一昔前のヤンキー感が漂ってるけど、私服はこんなのしか持ってねぇんだよ……普段はスタイリストさんに言われるがまんまだし。
あと俺の顔が、垂れ目気味で愛嬌のある作りというか……せめて格好を男らしくしないとナメられるからさ。
久々に自分で髪とか頑張ったから、後でSNS用の写真自撮りするかーと思ってたけど、隣に並んだ俊を見たら、そんな気分が爆発四散した、公開処刑的な意味で。
結婚記者会見で並んだ時の映像も、後で見返したら俺の顔がほんとでかくて、遠近法? ってビックリさせられたんだよなぁ……って思い出して。
クソー、顔がでかい方が舞台映えするんだからな、覚えてろ。
なーんて、一緒に降りるエレベーターの中、壁に取り付けられた鏡越しに俊を睨みつけてたら、俊は突然、両手で顔を押さえてその場にうずくまってしまった。
何だ一体。
俺、目からイケメンを攻撃するビームでも出してたか?
心配して肩に手を置くと、ブルブル震えている。
「……陸斗さんの私服……。俺と出かけるための……直視できないです……」
何でだ!?
「いや、直視してくれよ。ほら、エレベーター着くから」
「……はい……」
ヨロヨロと立ち上がった長身を包む服は、灰色のパッチワークデニムに、オーバーサイズの白いデザインTシャツ、その上から黒のフード付きのミリタリージャケット、頭に白いキャップ。
アクセはシンプルにチェーンネックレスと指輪だけ。
白キャップの上から黒いフードも被ると、完全に顔も髪も狼耳も隠れて、結構いかついイメージになる。
サングラスしてても違和感がないというか、迂闊に話しかけられない感じがいい。
俺はバレてもそこまで騒ぎになんねぇけど、俊は最近ヤバいからな。
それにしても、体格がそもそも分厚くてカッコいいから、こういうファッションが決まるのなんの、羨ましい。
かっこいいな、俺の俊♡
……って目で見つめてたら、エレベーターの扉が開いてるのにまた無言でうずくまられた。
うーん、交際一日目なのに、俺たちなかなか最初の一歩が踏み出せない……。
□ □ □
ファーザー牧場は、千葉の奥地にあるエンターテイメント施設だ。
実際に行ってみないとなかなか分からない事だが、所在が山の天辺にあり、とにかく標高が高い。
と言っても300メートルぐらいなんだけど、千葉にはそもそも目立って高い山なんて無いから、もう堂々と「千葉のアルプス」と呼んでいいと思う。
……いや言い過ぎた、ごめん。
都心から高速道路に乗り、1時間ちょい。
乗せて貰った俊のクルマは、エンジンかけた途端バニーボーイズのベストアルバムが流れ出すわ、よく見ると後部座席に意味もなくうさぎのぬいぐるみがいるわ、背もたれに抱きついてるティッシュケースがうさぎだわ、ドリンクホルダーに刺さっているタンブラーもうさぎ柄だわで、俺はちょっとショックを受けた。
何だろう……嬉しいは嬉しいけど、推しにはもっとカッコいい車に乗っていてほしかったんだよ。
「こんなの大神君の車じゃない!」みたいな、ファンの勝手な理想と現実がせめぎ合ってしまって……。
好きな芸能人と結婚するってこういうことかーと思った。
いや、俺も芸能人なんだけども。
俺も俊に「思ってたんと違う」って思われてないか、心配になってきた。
とはいえ、エンドレスのベストアルバムと超絶安全運転の末、山をグルグル登って牧場の広い駐車場にたどり着く頃には、俺もバニヲタの車内にすっかり馴染んでいた。
馴染んでたというか、うさぎインテリアの一員になったというか。
二人とも念のため車内で人目避けにサングラスを装着して(俺はうさ耳出てるからあんまり意味ないかもしれないが)、車を降りたら――めちゃくちゃ空気が綺麗で、びっくりした。
周囲はなだらかな緑の山々に囲まれていて、うっすらと霧も出ていて……子供の頃に来た時とあんまり雰囲気が変わってなくて、懐かしい。
窓口でチケットを買い、ワクワクしながら一緒にゲートを潜る。
山荘みたいな牧歌的な建物がまばらに立つ、なだらかに起伏のある広大な草原が目の前に広がって、まるで桃源郷だ。
久々の開放的な景色に、つい、うさぎになって走り回りたくなってしまった。
横を見たら俊もソワソワしてたから、多分同じ気持ちになったんだと思う。
でも……俺はともかく、俊が狼になって牧場を走り回ったら、マジで捕獲される。
例えここが自然に囲まれてても、人目のあるレジャー施設だ。
お互い理性を保つように気をつけないと。
俺は念のため、先回りして俊に声をかけた。
「……俊、俺たちうっかり獣化しないように気をつけ……」
ようぜ、と言おうとしたら、既に隣から俊の姿が消えていた。
「アッ、アレッ!?」
まだ入場して5分も経ってないのに、一体どこ行った!?
全部は見渡せないぐらい余りに広いし、地形に起伏はあるしで、どこにも俊が見当たらない。
大声で名前を呼びたいけど、芸能人は目立つ行動はご法度だ。
仕方なく、アップダウンの激しい道をウロウロと探していたら、柵に囲まれた動物ふれあいコーナーの一角で、ようやく俊を見つけた。
一体何やってるんだと思ったら、無言で、羊のモコモコしたお尻をどこまでも追いかけている。
他の羊たちはみんな人馴れした様子で、ちゃんと止まって大人しくお客さんに撫でられたり、餌をねだったりしているのに、俊が狙いを定めた羊は、本能的な恐怖でスタコラ逃げてしまうらしい。
そしてやめとけばいいのに、そんな嫌がる羊を、これまた野生の本能でどこまでも追いかけている俊……。
そりゃあ迷子にもなるだろう。
……って、いや待ってくれ。
羊が可愛いのは分かるけど、俺はデートに来たんであって、すぐ迷子になる狼の引率に来た訳じゃない。
ブルブルと首を振って地面を蹴り、ダッと敷地を走り抜けて、俊のパーカーを背中からむんずと掴んだ。
「!」
俊が我に帰ったように俺の方を振り向く。
「アッ……。すみません、つい……美味しそうで可愛くて」
なに……っ、俺、今完全に羊に負けてた……!?
悔しすぎる! どうせウサギ鍋よりジンギスカン鍋の方がメジャーだよ!
って、俺、そこを張り合ってどーする。
脳内ツッコミでどうにか正気を取り戻してから、対策を思いついた。
そうだ、運転時間が長かったせいで腹が空いてるから、涎を垂らす勢いで羊を追いかけてしまうんじゃないか?
まだ昼飯には早いけど、ここはまず狼の胃袋を嫌というほど一杯にしてしまおう。
「……俊。あっちに屋台がある。こういう所の飯は絶対美味いから、食おう。すぐにでも」
案の定、俊はサングラスの奥で瞳をキラキラ……いや、獰猛にギラギラ輝かせて、ウンと大きく頷いた。
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