勝ち狼の遠吠え

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勝ち狼の遠吠え

 初めてのセックスの後、俊は最後、俺に入れたまんまで倒れるみたいに寝てしまった。  多分、色んな欲を一日中我慢したあげくに最後に一気に放出して、力尽きたのかもしれない。  俺はどうにかベッドを汚さないように手でカバーしながら慎重にペニスを抜いて、敷いていたバスタオルとティッシュで溢れ出したものを受け止めたんだけど、怖くなるほどいつまでも精液が垂れて、俊の思いの深さと重さを知ったような気がした。  それに、よく見ると上半身が尋常じゃない感じの噛み跡だらけだし……。  食われなかったのは良かったけど、これからするたびにこれだと……やる日はマジで考えないと、お互い仕事に響くなぁ……。  なんてことを考えながら、もう一回シャワーに行き、どうにか始末をしてまたテントに帰ってくる道すがら、山の向こうで朝日が登り始めた。  思わず足を止め、朝靄の向こうで、東の空が白々と染まるのに見惚れる。 「綺麗だなぁ……」  ぼんやりしながらテントに帰ってきて、入り口を開けた途端――。  俊が、全裸かつ床に正座して待っていたもんだから、驚いた。 「わっ。……そんなとこで何やってんだ……ソファあるのに」 「陸斗さん……本当にスミマセン……俺……」  顔色が真っ青で、耳も尻尾もうなだれ、まるで今にも死にそうな表情で下を向いている。 「もう、流石に離婚ですよね……陸斗さんは善意で俺に触らせてくれたのに、まさかあんな……触れ合いどころか、レイプするとか……」 「ちょっ、俺たち結婚してるし、レイプじゃあないだろ……」  単語が不穏すぎて焦り、首を振る。 「いえ……頭おかしくなって失礼なことをいっぱいしでかしましたし……もう俺は一回実家に帰ったほうがいいのかも……」  いやいや、それまた俺が社長に空港に行かされるパターン!  を、阻止するため、必死で両手を広げて否定した。 「なんで!? いやその……全然良かったよ……!」 「良かっ……!?」  全裸の俊がびくんと背筋を正し、凍りつく。  うわぁ、めちゃくちゃ恥ずかしいけど、素面でこれ、言わないとダメか……? 「き、気持ちよかった……し、俺なんかで欲情してくれるの、嬉し、かったし……」 「……。また、してもいいんです、か……?」 「う、うん……」 「……!!」  突然、俊が無言ですっくと立ち上がる。  しかも、俺の隣をすれ違って外に飛び出そうとするもんだから、メチャクチャ面食らった。  凄い筋肉質で、どの角度から撮影しても恥ずかしくない、女性誌のセックス特集の表紙に載りそうな神々しい身体だけども……ちんこ丸出しだし、早朝だし、アイドルとしてその奇行はあかん!  『大神メンバー、公然わいせつ容疑で現行犯逮捕』の新聞見出しが脳裏に浮かび、慌てて止めようと振り向いたら、俊は一瞬で狼に変身していて、明け方の人気のないキャンプ場を嬉しそうに走り回っていた。 「ちょっ、それ、俺が最初にやりたかったやつ……」  解き放たれた狼は少し離れた山の斜面のネモフィラの花畑の方まで素早く駆け、そこで天を仰ぐと、ワオオーーと長く尾を引く遠吠えをして俺を呼んだ。 「あちゃあ……」  夜明けとはいえ、みんな、目を覚ましちゃったらどうするんだ!?  仕方なく――あくまでも仕方なく、俺もその場でうさぎに変身して、ダッシュで俊を追いかけた。  ちょっとまだ腰が痛かったけど、それでも俺の足の速さはまだまだ狼に負けてない。  花畑の中に飛び込んで走り抜け、そこから逃げ出した俊を追走する。  後もう少しで尻尾に追いつく、という瞬間に、背後で子供の声が上がった。 「あー! うさちゃんがワンワン追いかけてるー!」  ギョッとして後ろを振り返ると、五歳くらいの小さな女の子が、自分のテントに走って帰っていくのが見えた。 「おかあさーん! うさちゃん! わんわんいる!」  俺たちは勿論、一目散に自分達のテントに向かって走った。  その速かったこと、まるで風の如しだ。  入り口から飛び込んで、絨毯の上で二人して人間に戻り、慌てながらドアシートをピッタリと閉じて――全裸のまま、顔を見合わせた途端、俺と俊は笑い転げた。  俊が俺の前で声出して笑うのなんて初めてだ。  危なかったけど楽しくて……初めてのデートでここに来れて、本当に良かった、と思えた。 □ □ □ 「いや〜、楽しかったなぁ。また行こうぜ、ファーザー牧場」  相変わらずうさぎソングがガンガン流れている車の中、俺と俊は、桃源郷から都へと下り、夢の後をいい気分で走っていた。  初めてのデートにして、……初夜、って言っていいのかな。  ちょっと寝不足気味だけど、気分は不思議とスッキリしている。  明日も休みだし、弾むみたいに晴れやかな気分だ。  ……まー俺は、年取ると筋肉疲労が遅れてくるせいか、ちょっと今、下半身が死にそうだけどなっ!  俊も珍しく浮かれた気持ちなのか、さっきからずっと、小声で音に合わせて歌ってるのが可愛い。  俺はそうだと思いついて、助手席でスマホを出して提案してみた。 「なぁ、今日の記念にさ、この曲、アカペラで一緒に歌ってるとこ、動画撮らないか?」 「えっ、ほんとですか……」 「うん。俺のスマホでいい?」 「はい。後で動画、送ってください。俺も宝物にしたいから」  くそー、俺の推し、淡々としてるのに言うことが一々あざと可愛い。  路肩に止めた車の中で、俺と俊は目を合わせ、微笑み合った。 「じゃあ、三、ニ、一……」  セルフモードのスマホの前でくっつくほど顔を寄せ合う。  たった二人だけの歌声が狭い空間でハモッて、心地よく響く――。  胸が温かくなる、親密で、特別な時間……。  一緒に過ごした貴重な思い出の断片を、そうして大事に大事に、スマホの記憶媒体の中に保存して。  そしてそれは、二人だけのプライベートな記念として撮ったはずのものだったのだけど――。  後日、うっかり者の俺が、事務所からの借り物で使ってるパソコンの中にも移しておいたのが、社長にバレ……。  データは知らぬ間に全世界に向けてマイチューブにアップロードされ、強面アイドル大神俊の素の笑顔と歌声、そして俺含めた背景の『うさぎラブ』っぷりが話題になって、再生数五百万回を突破することになるなんて。  その時の俺たちは、想像すらしていなかったのだった……。 〈おわり〉
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