思ってたのと違うのは、俺だった

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思ってたのと違うのは、俺だった

 青空の下にいくつも並ぶ、野外飲食コーナーの一角を、俺たちは確保した。  テーブルの上には、屋台で買った串刺しのぶっとい焼き立てソーセージ、それに、ステーキかなと思うくらい分厚いジューシーなピンクのベーコンが、発泡スチロールの皿に乗せられて並んでいる。  見た目は簡素だが、かぶりつくと、どちらも肉汁がぶわーっと染み出して、ちょっと感動するくらい美味かった。  ボリュームがかなりあるので、俺はソーセージとベーコンそれぞれ一皿でかなり腹いっぱいだけど、俊は涼しい顔をして、どちらも五皿ずつぺろりと平らげている。  一緒に暮らし始めて分かった事だけど、彼はどうやら、食べることが凄〜〜く好きみたいだ。  料理も、時間さえあれば手間暇を惜しまない。  多分、食材を育てる所から始めるのすら、苦じゃない方だと思う。  俊が目の前で夢中で肉を食っている所を見るのは楽しい。ワイルドだけど、可愛くて、微笑ましい。  人間の時なのに、牙が凄く尖ってるな……。  時折覗く赤い舌の色がエロい。  頬張った時の口の形まで造形が綺麗だ。  観察しているとなんだかフワフワとした高揚感が湧く……。  あ〜、あの肉が羨ましいな……。  って、一瞬考えかけてゾッとした。  今俺、またやばい発想したぞ。  無人島ならともかく、結婚してて喰われるのはまずいだろ……。  ハッとして目を逸らし、席を立ち上がった。 「お、俺、トイレ行ってくるよ……俊は食ってて……」  ソーセージを頬張りながら頷いた俊から離れて、俺はひとまず、近くの売店の建物の影に入った。  壁に背中を預けて、冷静になって胸に手を当てた。  心臓がドキドキして落ち着かない。  俺のこの気持ち、何なんだろう。  こんなのは今まで誰にも感じたことがない。  そもそも誰かに食われたいなんて思ったのも、あの無人島の時が初めてだったけど。  でも、今の気持ちは、あの時ともなんだか違う……。  胸が苦しいような、腹の奥が疼くような……。  ……ソーセージとベーコンを食いすぎて胸焼けしてるだけか?  手のひらを腹に下ろしてみたところで、今いる建物の裏手の方から女の人二人組の話し声が聞こえてきた。 「ねえねえ、ちょっと。あそこで座って山ほどソーセージ食べてたイケメン。……あれ、大神俊じゃない?」 「えっ? マジで?」  さっきまでとは違う意味で、心臓が飛び出しそうになった。  ヤバい、俊、変装がバレてる。  今、俺が帰ったら、ますますヤバいかな。俺、耳丸出しだし……。 「……あんた、大神くんの大ファンだったよね? 声、かけてきなよ」  様子を伺っていると、また話し声が聞こえ始めた。  長い両耳をピンと立てて、会話に聞き入る。 「嫌だよ。それにもう私、ファンじゃないから」 「えっ? 何で? あんなにガチ恋で追っかけしてたじゃん。家の中も大神君のポスター貼りまくってたし。……あっ、そうか。結婚しちゃったから?」 「……それもあるけどさ。あいつ、よりにもよってオワコンのオッサンと結婚したんだよ?」 「オッサンって……そんな歳だっけ」 「ニュースの記事は美談にしてたけど。ほんと気持ち悪いしあり得ない。イメージ壊れすぎ」 「あー……まあ、確かにねー。男と結婚するにしても、もっと美少年とかと結婚して欲しかったよね」 「……いや、そういう問題じゃないわ。ほら、もう行こ行こ」  声が少しずつ遠ざかっていく。  俺は壁を背中で擦りながら、力なくその場に座り込んだ。  ……今日ほど、自分の聴力の良さが仇になった日があっただろうか。  普段俺はSNSを見ない。不安にならないように、エゴサーチもしないようにしてる。  だから、俊のファンの人から俺のことがどう思われてるのかも……今までと同じように、敢えて、見ないようにしてた。  でも心のどこかで分かってた。  俺は俊には到底つり合わないし、ファンの人からもきっと、よくは思われてないだろうって。  ファンの人たちの数だけ「理想の大神俊」がいて、その人たちの理想の世界に、俺は相応しくない。  俺が彼の可愛いクルマに感じた違和感みたいに……あの人たちも「思ってたのと違う」って思ったんだ。  俺に対して。  ……ああ。  何で俺、調子に乗って軽々しく俊と結婚しちゃったんだろう。  好きになってもらえて、俺も俊を好きになって、社長にもそうしろって言ってもらえたからって……深く考えずに。  ファンの人たちにも俊にもすごく申し訳ない気持ちになって、ぎゅっと膝を抱えてうずくまった。  どうしよう。  バレてるから、俊のそばにもうっかり戻れないし……。  メッセだけ送って、俺だけこっそり、タクシーで帰ろうかな。  うさ耳の俺を連れているより、一人ならまだ、そんなに目立たない。  俊は初めて来たんだから、まだ可愛い動物が見たいだろうし。  俯いたままズボンの尻ポケットからスマホを出した時だった。 「陸斗さん?」  響きのいい甘い声で俺の名前が呼ばれて、ぎくりと顔を上げた。  サングラスを外し、キャップの下で綺麗な琥珀色の瞳をあらわにした俊が、いつの間にか目の前にいる。 「帰って来ないから、探してました。お腹でも壊したんですか」  抑揚は少ないけど、心配してくれてる優しい声。  お腹っていうか、壊れたのは俺のハートだけど、そんな泣き言、今ここでは言えない。 「大丈夫だよ。俊、あのさ……」  俺は膝に手をついて立ち上がり、俊を手招きした。 「耳、貸して」  ひそっと言うと、キャップを取ってフードを外し、俊が三角の耳を立てて俺に向けた。 「さっき俊に気付いてる女の子が居たんだ。騒ぎにならねぇ内に、別々に帰った方がいいかも」 「嫌です」  間髪いれずに返事されて、すぐに言葉が出てこない。 「で……でも、牧場の迷惑になったら」 「外で声を掛けてくる人間が居てもいつも無視してます。騒ぎになんてならないです」  おおお……。 「俊、それはやっちゃうとネットに『塩対応』とか悪口書かれるやつだぞ……」  検索サイトの検索候補が「大神俊 性格悪い」になっちまったらどーすんだ!?  俺はハラハラしてるのに、俊は全く動じずに首を振った。 「……。俺は陸斗さんと一緒にいられる今の時間の方が大事です。――人目にあんまりつかなさそうなアトラクションをさっき見つけたので、行きましょう」  俊はフードとキャップを戻し、くるりと俺に背中を向け、長い脚を伸ばしてさっさと歩き始めた。  ……つ、強い。  でも、ちょっと……いやかなり心配だ。  俺と結婚したことで、大神俊の人気が危うくなってるかもしれないのに、そんな態度で更にファンの人達を失ったら……。  本当に、俺のせいで俊のアイドル生命が絶たれてしまうことになるかもしれない。 「ま、待ってくれ……」  胸が潰れそうな不安を抱えたまま、俺も俊の後を追い、慌てて歩き出した。
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