NTR覚悟

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NTR覚悟

 ――光のお陰で楽しい気分を取り戻して、その後はちゃんとデートを満喫した。  人参を買って馬に食べさせて、その後はいちご狩りもやってさ。  はしゃいでるうちに、時間はあっという間に過ぎて、夕暮れ時になり……。  オレンジ色の日の差す広大な斜面で、可憐なネモフィラの花が咲き乱れる青い花畑を眺める。  ああ、楽しかった1日ももうすぐ終わるのか……。  ……俊との初デート、きっと、一生忘れられないだろうな。  感慨にふけりかけたその時――俊は満を持して俺の腕を掴み、宣言したのだった。 「――行きましょう、陸斗さん」  夕日を照り返す綺麗な瞳の中に灯る、強い情熱の炎。  俺は戸惑った。 「い、行くって……どこに……!?」  ま、まさか……!  お、俺、心の準備が……! 「もちろん、うさぎとモルモットにさわれる、『うさモルハウス』です」  ……。  ……だよな。……そう言われる気はかなりしてた。だって今日、まだうさぎには触ってなかったし。  わざわざ最後にとっておいてたかー。  うさぎの感触を手に残して帰るために……。  でも、今の俺は俊の愛を信じてるから、嫉妬にも堪えられると思う。  どんな希少なうさぎもドンとこいだ! 「わかったよ、行こう。うさモルハウス!」  しかし、堪えられるけど……俊がほかのうさぎに浮気している現場をわざわざ見せつけられる俺って……!  羊や牛や馬とは訳が違う。  どう考えてもNTR(ねとられ)感がある……もちろん俺にはそんな性癖はない。  顔に出さないように頑張らねえと。  なんて、密かに相当な覚悟をして、俊と一緒に三角屋根の可愛い建物の前に立った。  意外にも、もう夕方だというのにうさモルハウスの前は大行列。  しかも、職員のお姉さんやお兄さんが整列用のロープで最後尾に誰も並べないよう、人を区切っている最中だった。 「本日のうさモルハウス、すでに受付は終了しておりまーす! またのご利用をお待ちしておりまーす!」  ――なんてこった。  俊はガックリを通り越してショックで固まってるし、後ろで俺も、かける言葉が思いつかない。  目の前の建物の中――すぐ目と鼻の先にうさぎがいるのに、触れないなんて。  周囲でも、列に並べずにあぶれた子供たちが泣き叫んでいたが、俊も心の中では同じ気持ちになっているに違いない。  立ち尽くしている彼に、「じゃあ諦めて帰ろうぜ」とはとても言えず、俺はとっさに提案を口に出していた。 「しゅ、俊……! 俺に触るんじゃダメか……?」  言ってみて、明らかな違和感に気が付いた。  いや、俺じゃダメだろうよ……。  巨大すぎるフレミッシュジャイアントとか、モッフモフのアンゴラうさぎとか、色んな種類のうさぎに触りたかったんだろうし。  そもそも、そういう意味じゃないのになんかエロいお誘いをしてしまったかのようじゃねえか。  アホなことを言ったと後悔していると、俊はゆっくり振り返って、がばりと俺の肩を両腕で抱き締めてきた。 「……ダメじゃないです……っ」  え……。ダメじゃないのか……!?  それはそれで困る……!  アタフタしている俺に、俊がひそっと囁いてきた。 「あの……ここに泊まっていっていいですか……明日も休みなので……!」  こ、断る理由が一つもないだと!? 「う、うん……いいけど……光に半額券もらったしな……とりあえず離して……」 「はい!」  俺と離れると、俊はスマホを出し、恐ろしいスピードでてきぱきと宿泊場所の予約電話をはじめた。  しばらく電話の向こうの職員さんと話をした後、 「――陸斗さん。ちょうどキャンセルが出たみたいなので、泊まれます。キャンプサイトの方ですけど」 「キャンプ!?」  ここでまたサバイバル生活を!?  ……って、俺たち、何の用意もしてねぇのにキャンプは出来なくないか……?  えっ、野宿?  まだ初夏だからそれはキツくない?  それともテント貸し出し……?  訝しみながら、電話を切って歩き出した俊についてゆく。  来た時とは別のゲートに出て、そこにある事務所風の建物で職員さんから謎の鍵を受け取り――その時、壁に貼ってあったポスターを見て、ようやく宿泊場所の正体が分かった。  まるでモンゴルで遊牧民が住んでそうな、巨大なテントが常設ですでに用意されてるアレ。  テントなのに何故かベッドなどの家具があり、冷暖房が完備されちゃってるというアレ。  夕飯の食料を自分で狩る必要がなく、豪華なバーベキューが最初からお膳立てされているというアレ。  キャンプで一番悩みの種、トイレ・シャワーの水回りも解決、綺麗な施設が離れに別途用意されているという、至れり尽くせりすぎるアレ。  その名はグランピング。  えっ、待ってこれキャンプなのか……?  ……朝起きた時、フナムシや尺取り虫と寝袋で同衾していたことに気付くとか、ヘビや虫刺されを警戒しながらそのへんで素早くトイレをこなすとか、触っちゃいけない毒があるヤツに気をつけながら魚を釣るとか、仕方ねぇからうさぎになって草食うとか、しなくていいの……?  今までの経験値が経験値だけに、半信半疑だ。  それだけに、向かった夕暮れ過ぎの広大なグランピングサイトで、俺は衝撃を受けた。  暗くなった斜面に沿って間をあけて一張りずつ並ぶ、フライシート付きの可愛いベル型コットンテント。  その中からほのかに漏れる、温かなオレンジ色の光。  テントの土台には、手すりと脚のついたウッドデッキが地面に敷設されていて、その時点でもう俺の知ってるキャンプじゃない。  小洒落たラタンのソファで、スェディッシュ・トーチ(丸太をまるまる一本、切れ目を入れて燃やす篝火)の炎を眺め、ワイングラスを傾ける宿泊客達……。  まさに○ンスタ映えの世界だ。  こんなキラキラな場所に、本当に泊まってもいいのか……?  半信半疑で、距離を置いて並ぶ各区画のウッドデッキの前の小道を進んだ。  前を歩いている俊はフードも帽子もサングラスも全部外して、艶のある髪が風になびいている。  日は沈んでいるし、もう誰かの目を気にする必要もないもんな。  山の上にはたくさんの星が瞬きながら浮かんでいて、なんだか懐かしいような、切ないような気分になった。  ……俊と、無人島で見た星を思い出して。  仕事で死ぬほど忙しい俊と、やっとまた、こうやって星を見られたことが嬉しくて。  あの二人きりの世界が終わって、現実を生き始めると、今日みたいにどうしても色んなことを思い悩む。  でも……。 「陸斗さん、こっちです」  振り返りながら俺に手を伸ばしてきた俊は、無人島にいた時と少しも変わらなく、頼もしく堂々としていた。  その落ち着いた態度に安心して、俺も頷く。 「うん」  差し伸べられた手を取り、強く握り返した。  肌寒いせいか手のひらから伝わる体温が熱くて、なんだか涙が出そうになる。  俺も彼も芸能人じゃなかったら、本当は今日ずっと、朝からこうしていたかったんだと気付いたから。  歩きながら、体から熱っぽい何かがこぼれそうになって、それで、俺はこの人のことが……恋愛的な意味で、好きなんだと……やっと強く自覚した。  アイドルとしての大神俊じゃなくて、生身の人間としての、通名・兎原俊を。  ……結婚しておいて今更、変な話だけどな……。
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