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いつの間にか交際0日婚
柔らかな光の降る、休日の朝の幸せなベッドルーム。
羽布団に包まって眠りこける俺を、そっと優しく起こす大きな手。
「……陸斗さん。起きて下さい」
重い瞼を開けると、そこにいたのはとんでもないイケメンだった。
綺麗に染まったブルーブラックのショートヘアに、ワイルドな狼の立ち耳。
ベッドに向かって乗り出す上半身の、見事な逆三角形のプロポーション。
下半身は、股下90センチ以上は確定の長い脚……。
小さな顔には、真っ直ぐで華奢な鼻筋と、切長の二重瞼の大きな目。しかもその瞳の色は、溜息が出るような、透明で美しい琥珀色だ。
俺は驚愕した。
なんでこの俺の住む築30年のマンションに、トップアイドルの大神俊がいるんだ……!?
一瞬頭が真っ白になってから、ハタと気が付く。
そうだった。俺、この人と――大神君と結婚したんだった。
□ □ □
日本をはじめ比較的後発の国でも同性婚が認められるようになったのは、つい最近のこと。
元アイドルの俺が、わりと軽いノリで後輩に「結婚しようぜ!」なんて叫んでしまった結果、俺は本当に、狼獣人のアイドルグループ「ウルフ」のメンバー、大神俊と入籍することになってしまった。
正直言って、あの時はこんなこと全く想定していなかった……。
でも相手の大神君は「冗談」とか「その場のノリ」とか言うものは、一切通じない個性の人だった。
――あの、無人島での遭難事件の後。
里帰りの為に帰った韓国で、なんと大神君は、俺との国際結婚(元々二重国籍だった彼は兵役前に日本国籍を離脱済で、今は韓国人なのだった……)に必要な書類を全て集めて帰ってきたのである……!
加えて、俺たちの事務所の、社長の後押しも強烈過ぎた。
まず手始めの実力行使が、「いつの間にか同棲」だ。
ここは事務所の持ち物になっている、都内の5LDKのマンションで、元々は地方から上京してきたり、事情があって親元から通うことのできない若手用の合宿所だった。
とはいえ、ファンが住所を特定して集まってしまうとか、色々問題があり、更に最近は、同じ事務所のアイドルがみんな同居して暮らすような時代でもなくなって。
ほかのみんなは次々と自分で部屋借りて出ていったけど、俺は入所当時からつい、ズルズルここに居座って、しまいには一人で住んでいた。
そんな所へ、突然大神君が越してきたのが数週間前。
同時に、社長の手回しであれよあれよと言う間に俺サイドの必要書類が集められ、区役所に提出されて、気が付いたら俺たちは入籍、同世帯になっていた。
しかも極秘入籍ならまだしも、何故か大々的に記者会見までセッティングされていて。
意外にも、俺たちに対する世間の反応は好意的なものだった。
――週刊誌の中では、積年の片思いを実現した人気アイドルの大神君と、グループは解散したけど、同性婚で幸せになった俺、みたいな感じの、社長の計算通りの美談がしたてあげられていて……。
でもその内幕は、大神君に今絶対に辞められたくない社長が、俺と言う文字通りの生贄を差し出した……と、言った方が正しいかもしれない。
いや、誤解されると困るんだけど、俺、大神君のことは好きなんだよ。
無人島で、食べられたいなーと思ったこともあるし。
でも、その場で潔く死ぬ前提の「食べられたい」と、死ぬまでずっと一緒に生きる前提の「結婚したい」は、よく考えると全然違う訳で。
気になるのは、はたして大神君は本当にこれで良かったんだろうかってこと。
すごい急展開だったし、実際に一緒に暮らしてみて、後悔したりとか、ないのかなあって……。
なんて思ったけど、実の所、大神君の方は今、後悔する暇もないくらい仕事が忙しそうだった。
新曲の雑誌インタビューやコメント撮り、さらに連ドラへのレギュラー出演、アイドル誌の撮影、ついに始まるウルフの冠番組の打ち合わせ、ライブの準備……俺も若い頃に覚えがあるけど、まさに殺人的スケジュールだ。
家には帰れるだけマシって感じの夜討ち朝駆けの日々で、生活時間も当然、俺とは全く合わず。
一緒に住んでるマンションは同じでも、寝る部屋はそもそも別々だし。
普通にルームシェアしてるのと変わらない生活で、ここ数日は一緒に暮らしていることすら忘れてた。
むしろ、テレビの中の大神君との方がまだ会えていたくらいだ。
出演中の恋愛ドラマが今放送していて、主人公カップルの当て馬役ならぬ当て狼役が最高なんだよなあ。
切ない展開にハラハラして目が離せなくて、昨日もベッドの中でスマホで録画を見たまま、寝落ちてたよ。
そんな訳で今朝、久々に本物と顔を合わせて、テレビの中の人と結婚していたことにびっくりするという、冒頭のていたらくに至ったのだった。
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