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4、君がいるから
およそ3時間後、大きな花束を持った唯花が綺麗な舞台衣装のまま帰ってきた。
外を歩いてきたからか上着は来ているが、舞台に立っていた姿と瓜二つの衣装、それはモニターの前で見ていた人には絶対に分からない、唯花の本当の姿だった。
「ただいま」
涙の滲んだ綺麗な瞳で、そう言葉にして玄関に立つ唯花をその場にいる全員が歓迎して出迎えた。
「お姉ちゃん、本物だーーーー!!!!!」
その姿を見て大興奮する真奈は思わず、そのまま唯花の身体に抱きついて、綺麗な衣装に初めて触れている。
「今日のために作ってくれたのに、すぐ着替えちゃうのはもったいなくって、どうかな? 似合ってるかな?」
「当たり前じゃないですか!! 先輩!! 最高です!!!」
舞が嬉しそうに声を張り上げる。それを聞いてまた一段と幸せな笑顔で唯花は喜んだ。
そうして、帰宅した唯花を加えて、幸せな宴がいつまでも、時を忘れて続いた。
*
舞や達也が家に帰って、両親も部屋に戻って、真奈ちゃんも疲れて眠ってしまって、私は浩二と二階のベランダで外の景色を二人眺めていた。
長い一日の終わりの感傷に浸るように、夜風が気持ちよくて、幸せな時間だった。
今日という日は二度と来ない、それだけは確実に分かっていたから。
「配信、しなくていいのか? みんなが待ってるんじゃないか?」
「うん、でも、今はもう少しこうしていたいかな」
すっかり化粧も落ちてしまって、ちょっと落ち着かない。
私、今どんな顔してるんだろう? ちょっと鏡を見るのは怖いかも、私はそんなことを私らしくもなく考えていた。
“もしも”、ずっと考えないようにしてきたのに、まだ火照った気持ちが、その身に宿した衝動を突き動かそうと、心を震わせる。
(私って……、本当に……)
言葉にはできない、口に出すことは言えない、でも、私はどうしようもないくらい、浩二の事が好きだった。
普段と変わらない、浩二の表情。浩二には私の姿がどんなふうに見えているのだろう? 綺麗だと、そう思っていてくれているだろうか、不安でもあるが、期待はずっと常にある、でも、それは許されないこと。
だって、そんなのずるい。同情を求めているようなものだ。
だから、私は一生懸命にこの張り裂けそうな想いをグッとこらえた。
「私、これでよかったのかな……」
「辛いか?」
「ちょっとね。ううん、ちょっとどころじゃないかも。
何でだろう……、お別れしなければならないって、卒業しなきゃいけないって決める前までは、楽しくってやめられないとか、そんな気持ちが湧いて来ることなんてなかったのに、あの日、卒業することをみんなに言葉にした時から、どうしようもないくらい、みんなと一緒にいることが、配信をしていることが楽しいの。
みんな優しくって、これ以上ないってくらい毎日が楽しくなって、それがね、終わりの日が近づくにつれてどんどん辛くなって、この夢もいつか……、もうすぐ覚めてしまうんだって、それが物凄く辛くて、たまらなくって、私って、本当どうしちゃったんだろうね。こんな気持ちになるくらいなら、オーディションなんて受けずに、活動を続けていたらよかったのに……。
辞めないといけないって分かってから、自分の過ごしてきた場所がとっても大切なものだと気づいて……、本当バカみたい……、今更、そんなことに気付いたって遅いのに……」
止めどなく言葉があふれてくる、夜風が優しく私の髪を靡かせて、ヒラリと口元まで流れる。
星も見えない夜空の下で、でも、この世界の優しさや温かさで、たまらなく私の胸はいっぱいになっていた。
「いいんじゃないか? 終わりよければ。これなら一生分の幸せな思い出になるだろう? その気持ちを抱えて、また一から頑張っていけばいいじゃないか」
「だって私……、とんでもない嘘つきだよ? きっと、本当は誰も許してくれないことをしてる、誰から見ても酷い裏切りだよ。
私は本当の事を言って嫌われるのが怖くて、だから言えないんだよ」
「迷惑を掛けたくないから言えないんだろう? それでいいじゃないか」
「良くない……、きっと良くないよ……、そういう契約であったとしても」
「だったらさ、俺が許すよ。唯花は悪くないって、唯花の吐いている嘘は優しい嘘だって、誰も傷つけないための、優しい嘘だって」
優しい声色で、そう言葉にした浩二の表情を見るのは、どうしようもなく難しくて、でも、吸い込まれるように気が付けば、私の身体は彼の胸の中にあった。
浩二の心臓の鼓動が私にまで伝わってくる。
(そっか、浩二も、わたしとおんなじきもちかぁ……)
ほんのり甘い気持ちが心を伝っていって
彼の身体を通して伝わるぬくもりで私の気持ちは十分に安心することが出来て
溢れる涙を我慢する必要もなくなって
ただ、今はあったかい気持ちのまま時を忘れて
彼の胸の中で、子どもの頃のように泣きじゃくった。
*
その後、少しはゆっくりできるのかなと思っていたら、ぎっしりとレッスンや覚えないといけないことも増えて、私は一段と忙しくなった。
新天地、大きな事務所へと活動の拠点を変えた私。
色んな人に挨拶したり、グループのこれまでの曲を覚えたり、ダンスレッスンをしたり、知らないうちにやることは増えていって、ファミリアにアルバイトに行くどころではなくなって、それは春休みの前から、春休みの終わりまで、途切れることなく続いたのだった。
そして物語は「魔法使いと繋がる世界」へ。
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