side A

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「拓(たく)ちゃん!」  前方3メートルに君を発見した私は、背後から駆け寄って声をかけた。  振り返った君の隣にならび、私達はいつも通りに歩き始めた。 「今、帰り?」 「うん、やっと今日も水泳部終わり。拓ちゃんは?」 「図書館で宿題片付けてた」 「拓ちゃんは真面目よねえ。私なんか、八月の終わりに真っ青になるクチ」 「そして、俺ん家に泣きつきに来るんだよなあ」 「それ言わないで〜」  私達は、同級生で幼稚園の時からの幼馴染。  だから、何でも拓ちゃんのことは知ってる。  身長172㎝。足のサイズは26㎝。  無口で寡黙。勉強が趣味。  好きな食べ物はお好み焼き。  でも。  唯一知らないことがある。  それは……。 「ねえ。拓ちゃん」  その時、私は胸のドキドキを隠しながら言った。 「何」 「明日、大桐(おおぎり)神社の夏祭り。一緒に行かない?」 「夏祭り?」 「うん」 「……別にいいけど」 「じゃあ。明日の夜七時。沿道の入り口のところね。絶対約束よ!」 「ああ。わかった」  そう約束を交わして、私達は別れた。  ***  翌日。  私は夕方から、お母さんに頼んで丁寧に浴衣を着付けてもらった。  今年作ってもらった藍色の地に赤い朝顔の柄。赤い帯。  手には白い巾着袋。  そして、セミロングの髪はアップに結った。  うん、完璧!……と思いたい。  私、この浴衣、似合っているかな。  拓ちゃん、気に入ってくれるかな。  そんなことを思いながら、待ち合わせ場所に行くと、 「拓ちゃん!」  拓ちゃんが先に待っていてくれた。  私を見つめるそのまなざしに、 「似合う……?」  と、恥じらいながら問うた。  拓ちゃんはそれには答えずに、 「はぐれるなよ」  と言って、いきなり私の右手を掴むと歩き始めた。  こんな強引な所も拓ちゃんらしい。 「あ、りんご飴!」  私は、早速、お気に入りのりんご飴を見つけて、はしゃいだ声を出した。 「拓ちゃんも食べるでしょ?」 「俺はいいよ。男だから」 「それは理由になってないわ」  そう言いながら私は赤いりんご飴を二つ買うと、強引に一つ拓ちゃんに渡した。拓ちゃんは、やれやれと苦笑している。私は早速、ご機嫌にりんご飴を舐め始めた。 「ね、ね。拓ちゃん。金魚すくい!」  今度のターゲットは、金魚屋さん。 「やめとけよ」 「えー、どうして?」 「とった金魚、どうせ死なせるだろ。可哀想だよ」  拓ちゃんの言うことはもっともで、私はシュンとしながらも金魚すくいを諦めた。  そうこうしながら、神社の境内を目指す。  私は、親友の真子(まこ)ちゃんと彼氏の話や、水泳部の練習が鬼キツイことや、色々賑やかに話している。  だって、拓ちゃんと……手を繋いで夏祭り。  けれどその時。  ふと恥ずかしくなって私は、それまでの饒舌から急に口籠もった。  不意に訪れた沈黙。  私は、その気まずい場を誤魔化すように口を開いた。 「ねえ、拓ちゃんは好きな女の子いないの?」  私はわざと無邪気さを装った。 「……いるよ」  拓ちゃん……好きな人……。 「誰?」 「教えない」 「ケチ。応援するのに」  嘘だ。  私は……私達は……。 「だって私達、幼馴染だものね」  その瞬間、私はこれ以上はないほど艶やかに笑った。  その時。  ドーーーーーン………!!  大きな打ち上げ花火が暗い夜空に上がった。  見上げる私の瞳から、冷たい一筋の涙が流れるのを見られないよう、私は拓ちゃんから顔を逸らした。  その時、流れた涙の雫は、まるで露店で売ってるおもちゃのダイヤのようだと思った。  あれは、蒸し暑い夏祭りの夜。  私はおろしたての浴衣を着て。  お気に入りのりんご飴を舐めて。  そんな私の隣には。  確かに君がいてくれたのに。  それは昔。  遥か遠く。
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