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 隆介が目の前で大きくつんのめり、バランスを崩した隆介の背中からずるりと弟の体が地面に落ちた。 ――逃がすもんかえええっ。  ハッとして振り返ると、石灯篭はすぐそこまで火が消えていた。風にあおられて一気に消えたのか。数メートル先にまでゆらゆらとうごめく黒々とした闇が迫ってきている。はあはあという荒い息遣い。腐敗したものから放たれる鼻をつく強烈な異臭がじわじわとにじり寄ってきている。たまらず後ずさる。  しかし、弟の体に遮られて、それ以上は下がれない。呼吸を整えながら闇を凝視する。  ぽつ、ぽつぽつぽつと石燈籠の火が消えた。ずわらりっと砂埃をまきあげて闇が一気に距離を縮めてくる。 ――みんな、みんな、逃がすもんかいねえ。  耳をつんざく咆哮に似た叫び声。わたしはとっさに迫りくる闇に向かって腕を突き出した。 「去ね!」  闇を凝視して振りしぼるように告げた。瞬間、闇がぴたりと動きを止めた。目と鼻の先の闇からぎょろりと二つの目玉が顔を出した。血走り、汚く濁った白目。瞳はぬばたまのように黒々として、目玉全体がぬらくらと光っている。その目が飴とわたしを交互にじとじとと見つめている。 ――あめだあ。まっかなあめだあ。 「そうよ! 飴よ! 欲しかったんでしょ! あげるわよ! これは元々あなたのものだもの!」 ――おめえ、いいにおいだなあ。ああ。そうか、そうかあ。おめえはコマイんとこの。なあ? 「ええ、そうよ!」 ――ほおお、そうかえ、そうかえ。  闇に浮かんだ双眸が喜んでいるように細められる。ゆらゆらと体を揺らしながらわたしを観察している。 ――そんならもう、わかるらあ?  ごくりと生唾を飲み込む。闇がニタニタ笑いをしている。 「美和子っ!」  緊張を帯びた隆介の声が背後から飛んできた。彼が身を起こし、こちらに近づいてくるのがわかる。 「大樹を……お願い」 ずずっと尻を横にずらす。手から離れた傘の柄を掴んで引き寄せると、とめてあったスナップを外してすぐに開けられるようにした。肺一杯に空気を吸い込んだ。心臓がわずらわしいほど鼓動している。指先に走る細かな震えが傘の先にまで伝わっているのがわかる。つばを飲み下して前を見据える。おそらくチャンスは一度きり。 ――いただきまああすうううううう。 闇がかぅぱあっと口を大きく開いて、ねばねばした透明の液体がドバっとあふれ出した。その瞬間、パッと傘を開いた。  びたびたびたびたびたああああっと傘に粘液がかかる。傘の生地を滑ってどろんと地面に粘液が落ちて飛び散った。 「逃げてえええええ!」
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