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傘を放り投げ、前屈みになりながら片足跳びで走る。わたしの声に意識を取り戻した弟がぼんやりとした表情でわたしを見ている。ぽかんとしたままの弟の腕をひっつかんで引きずるように隆介が走り出す。
後ろでめりめりっ、ばきっと傘が壊れる音がしたが怖くて振り返れなかった。とにかく広場に向かって死に物狂いで体を進ませる。あと十メートル。隆介が「急げ」と叫んでいる。彼らのほうはあと五メートルくらいで鳥居だ。そこを潜れば広場の内側だ。
がががががががっと土を穿つすさまじい音が迫ってくる。汗が噴き出す。心臓がこれ以上ないくらいものすごい速さで収縮と弛緩を繰り返している。肺がぱんぱんに膨らんでいた。わき腹が刺すように痛い。のどがカラカラに乾いて、焼けつきそうだった。
異常音に気づいた守番が「なにやってんだ、おまえら」と叫んだ。
「あめごいさんが下りてきた!」
隆介の叫び声に守番たちが身をこわばらせた。隆介と弟が広場へ転がりこむ。すると何を思ったのか、守番たちは柵を閉め始めたのだ。
「なにやってんだ、おいっ! まだ美和子がいるじゃねえかっ!」
隆介が守番の腕に食らいついた。守番は「坊ちゃんは引っ込んでいてください」と彼を振り払って金網の柵を動かす。
「ねえちゃん! ねえちゃん!」
ようやく事態を察した弟が柵越しに悲鳴ともとれる声でわたしを呼んだ。隆介が守番に殴りかかり、もみ合っている。騒ぎを聞きつけた町の人たちがわらわらと集まりだした。その隙に弟が柵を開く。柵の間に上半身を滑り込ませた弟がわたしに向かって手を差し伸べる。その指先までの距離はあと数歩。
「ねえちゃん!」
あと三歩で届く。精一杯、腕を伸ばした。
――あああげないよおうっ。
「ねえちゃんっ!」
弟が。大樹が泣き叫んだ。
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