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 わたしの指が弟の指先をかすめ、宙を切る。がっしりと足首を掴まれた。勢い余ってべたんっと体が地面に落ちる。膝が割れたのか激痛が走った。絶叫が喉の奥から飛び出した。砂利が画びょうのようにほほに突き刺さった。グイっと強い力で体が引っ張られる。ありったけの力で土に爪を立てた。足首が千切れそうだ。突き立てた爪がめりめりと剥がれる。燃えるような強烈な痛み。悲鳴がほとばしった。指先が地面を滑る。ずるずると五本線を描いていく。 「ねえちゃんっ! ねえちゃん!」 「美和子! 美和子!」  大人たちがふたりの体を押しつぶすように押さえ込んだ。 「ねえちゃあああんっ」  わたしを呼ぶ弟の声が夜を切り裂く。  わたしは笑っていた。笑うことしかできなかった。  たすけて――本当はそう言いたかった。今すぐたすけてと。  でも言えなかった。町の人たちはわたしだったから見捨てたのだとわかったからだ。むしろ、十五年もこうして生き延びられたことのほうが奇跡に近い。おそらくわたしはもっと前にこういう運命になるはずだったのだから。 遠くなるふたりの姿。わたしの体はどんどん、どんどん闇の中へと引きずり込まれていく。ふたりの姿が小さくなる。 ――大樹、ごめん。ごめんね。  ちゃんと謝りたかった。仲直りしたかった。わたしはもう生きてそっちには戻れないだろう。彼はこれから父の帰りをひとりで待たねばならなくなる。もっと一緒にいてやりたかった。できるなら彼が大人になるまでちゃんとそばで見守ってやりたかった。半分しか血のつながっていない弟だったけど、わたしは彼を本当に愛していたのだから。 ――隆介。  助けに来てくれた同級生。本当に大好きだった。いつか本当に彼のお嫁さんになれる日が来たらと何度夢見たかわからない。自分が忌み子であるとわかっていたけれど。  闇が覆いかぶさって視界を閉ざした。首に針のような細いものが突き立てられる。鋭い痛みが稲妻のように走った。ぐぐうっとなにかが首の筋肉に押し込まれる。その部分が発火したように熱くなり、急激に体から痛みがなくなっていった。  ああ。どこか遠くで声がしている。名前を呼ばれている気もする。目を開けたいのにまぶたが重い。起きていられない。とてもねむい。体が鉛のよう。 ――これでやっと……  吸い込まれていく意識の中、ささやき声が聞こえた。これでやっと? やっとなんだというのだろう。ああ、もうそんなこともどうでもいい。まどろみが落ちてくる。聴覚だけが残っていて、誰かの唄声が鼓膜を打つ。知っている唄。母がよく歌ってくれた子守歌。ひどくなつかしくて、とても怖い唄。  あか あお きいろ みずふうせん  ぷかぷか やみよに うかんでる  あのこがほしいとせがむから  ひとつあかいの やっとくれ  だけど あめは やめてときな  あめをおくれと あめごいさんが  おやまをおりて さらいにくるよ    あか あお きいろ みずふうせん  ぷかぷか みなもに うかんでる   あめをほしがる だだっこは  あめごと やみよに きえてった  
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