31人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章 隆介 (1)
どんなに嫌だと思っても、朝は必ずやってくる。
どんなに抵抗しようとも、時間は一秒たりとも待ってはくれない。
どんなにどんなにどんなにどんなに。
そうして三百六十四日を過ごした。
明日は三百六十五日目。
美和子が見殺しにされて、ちょうど一年。
俺と美和子の弟の大樹は美和子を救うべく、必死になって大人たちに抵抗した。取り押さえようとする手に噛みついたり、引っかいたり、提灯を奪って投げつけてみたり。どんなに殴られようと、蹴られようと、傷だらけになろうと、血まみれになろうと、俺も大樹も決してあきらめなかった。むしろ、取り押さえようとする大人たちのほうがあきらめたがっていたように思える。
俺たちを抑えようとしている奴らは皆、俺たちから目を反らしていた。まるで悪いことをしているのをわかっていながらやっている子供みたいだった。
俺たちの鬼気迫る様子に、大人たちが白旗をあげようとしたとき、騒ぎを聞きつけて俺の親父がやってきた。そこで勝利に傾きつつあった空気がぎゅるんと風向きを変えた。
羽村家の現当主であり、町長である俺の父親がやってきたことで、大人たちの罪悪感が消え去ってしまったのだ。
この町では町長の命こそすべて。町長の弁はこの地を支配する『あめごいさん』の意思である。彼が『是』と言えば『是』であり、彼が『非』と言えば『非』となる。
そして親父は美和子を見殺しにしたことを『是』とした。これで向こう十年は確実に、町に安息が訪れると言って、大人たちにねぎらいの言葉を投げかけた。
こうして、自分たちの行動に正しい理由が生まれると、大人たちは迷うことなく俺たちを蹂躙した。俺は大樹の小さな体を抱え込み、必死に彼を庇った。大樹は恐怖のあまり泣き叫びながら俺にしがみついた。
いつしか気を失った俺たちは、気づくと冷たくて、真っ暗な場所に閉じ込められていた。じめじめとして黴臭い。目を凝らしても一寸先もわからない。
大樹のすすり泣きが聞こえて、俺は声を掛けた。
声のするほうへ近づいても、堅い土壁らしきものが邪魔をして近寄ることができなかった。
「にいちゃん……にいちゃん……俺ら、どうなるの? 姉ちゃんは……姉ちゃんは……」
「大丈夫だ、大樹。心配ない。俺がついてるから。美和子も大丈夫だから」
「でも……でも……俺のせいで姉ちゃんが……」
「いいから今は休め。休んで体力を温存させろ。いいか。あきらめるなよ。絶対にあきらめるな。俺がいるから。俺が傍にいるからな」
「うん、うん。わかった。俺、にいちゃんのこと信じるよ」
俺は壁際に沿うようにして横たわり、目を閉じた。
閉じ込められている場所がどこなのか、いつ出られるのかがわからない以上、自分たちにできることは限られていた。なるべく動かず、じっとしていること。
そうしていつしか眠ってしまった俺は「起きなさい」という聞きなれた甲高い声に目を覚ました。
提灯を片手に、母が立っていた。
母は俺の腕をむんずと掴むと、否応なくそこから引きずり出した。
「にいちゃん!」
気づいた大樹が俺の名前を呼んだ。
「大樹!」
「にいちゃん! にいちゃん!」
「大樹! まってろ! すぐに出してやるからな!」
外に出るまでずっと俺の名を呼ぶ大樹の声が聞こえ続けていた。
そうして外へ出てみて初めて俺は、自分のいた場所を理解した。
自分の家の敷地内にある蔵。
普段は固く閉ざされた蔵の地下にある座敷牢だったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!