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俺は一日で出られたが、結局、大樹は三日経つまで出られなかった。
飲み物も食べ物も与えられることなく、深い闇の中に閉じ込められた彼を、なんとか助けようと俺は父に掛け合おうとした。
しかし、父は俺に会うことすらしてくれなかった。こっそり助け出そうと思っても、蔵の鍵を持っていたのは父だった。
俺は蔵から出られたけれど、自室から出ることは叶わなかった。
部屋の外には昼夜問わず見張りがついた。
窓の外にもだ。
トイレに行くにも見張りはついた。
自由になることは許されなかった。
それが俺たちへの制裁だった。
待遇が俺と大樹で大きく異なったのは身分によるものだ。
羽村の家の者とそうでない者の差なのだと母は冷たく言い放った。
「あの家の人間と関わるなとあれほど言ったのに」
「こんなこと、人道に反してるよ!」
「あの家の人間を人として扱えるわけがないでしょ!」
あの家――駒井の家、つまり美和子の母方の家の筋を母は嫌っていた。
それは半分正しく、半分正しくない。
母は以前より美和子の家の筋を嫌ってはいたが、こと美和子に関しては憎んでいたと言ったほうが正しかったと思う。
俺が美和子と親しくするのを必要以上に嫌がったし、制限をした。
話してはいけない。
触れてはならない。
関わるな。
おまえがあの娘と関わるのなら、母はこの命を絶ってやる。
おまえはどっちを選ぶのか。
あの女か。
それとも、この母か。
毎日、毎日、顔を合わせれば、眉を吊り上げ、髪を振り乱し、鬼の形相で迫る母。
それは息子が好意を寄せる相手に嫉妬する母親というよりも、もっと泥臭く、もっと陰湿で、もっと根深い感じのするものだった。
だからこそ、俺はなぜダメなのかを尋ねた。
母がここまで言うくらいなのだから、なにか重大な理由があるはずなのだ。
しかし、そう聞くたびに母は顔を強張らせた。青白い顔をさらに青くさせ、そっぽを向き、口をつぐむ。
そして一言。
「家の問題です」
とピシャリと跳ねのけられるだけだった。
理由を聞けない以上、従う必要を感じなかった。
家の問題などという古臭い慣習に付き合う気にもならなかった。
自分は羽村の家のひとり息子で、いずれ家を継がねばならないと言われても、継ぐつもりなど毛頭なかった。
この町はおかしい。
『あめごいさん』という得体のしれない神に支配され、がんじがらめになっている。
あめごいさんとはなんなのか。
誰もハッキリしたことを言わない。
神事を司る羽村家の当主である父でさえ、明言を避ける。
気味が悪い。
この町も、この町に住む人間も、あめごいさんも。
この気持ちを唯一共有できるはずの大樹は、あの事件からひと月も経たないうちに父親と共にこの町を去った。
仕方なかったとは思う。
当然だとも思う。
大樹はあの三日間の幽閉で自我を奪われてしまった。
目の前で姉を失った。
失う原因を作ったのは自分だった。
食べることも、飲むことも制限されたうえ、人としての尊厳も破壊された。
おそらく彼は俺にも失望しただろう。
時を同じくして、自宅に監禁されていた父親が解放され、その胸に抱かれて外へ出て来た彼の目にはもう、生気がなかった。
一日でもつらかった。
まして三日。
小学生の大樹にはどれほど過酷な仕置きだったろう。
そんなことを平気な顔でできるこの町の大人たち。
許さない。
俺は絶対に許さない。
美和子を見殺しにした町の連中も、そう指示をした親父も、喜ぶ母も、みんなみんな絶対に許さない。
必ず復讐してやる。
どんなことがあっても必ず――
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