(2)

1/5
前へ
/28ページ
次へ

(2)

 町の中央の広場には屋台が設営されはじめ、おびただしい数の提灯が縦横無尽に走るワイヤーロープに括り付けられていた。  広場から翼のように広がった家々の軒先には、ピンク色の紙花が連なった軒花と丸提灯が飾られている。 すっかり祭りムードだ。  町にとっては大切な神事でもある。  浮かれるのは無理もない。  今は冷めた目で見ている自分だって、去年までは向こう側の人間だったのだ。  けれど、今はもう違う。  美和子がいないーーたったそれだけで、世界はこんなにも違ったものになった。  誰も去年のことなど顧みもしない――そんな現実に吐き気しか覚えない。    この町は狂っている。  自分さえよければ、それでいい連中の集まりなのだ。  でも、自分は違う。    美和子美和子美和子美和子美和子みわこみわこみわこみわこ――  すっかり朽ち果て、荒ら家と化した美和子の生家の前を見て、ここだけぽっかりと穴が開いていると思った。  住む人がなくなった家は途端に荒れ果てる。  手入れのされなくなった庭は鬱蒼とした草に覆われ、足の踏み場もない。  雨樋は傾いて、今にも倒れそうだ。  木製の雨戸はハンマーかなにかで破壊されたのか、屈めば子供一人くらいは入れるくらいの大きな穴が開いている。  その奥の窓ガラスも割られ、ガラスの破片がそこら中に飛び散らかっている。  真夏の昼日中。  青く冴えわたる爽快な空の下、煌々と明るいはずの景色の中で、この家だけが暗く沈んでいる。  まるでギラギラと燃え上がる太陽の中にある黒点みたいに、ぽつんと闇深い。  たった一年でこれほどまでに荒廃したのは、町の子供達のいたずらのせいだった。彼らがお化け屋敷だ、肝試しだと言っては、家に上がり込んで家を荒らした。  子供たちにとっては、どれだけ横暴に振舞えるかが大事だった。勇気を示すことこそが、幼い子供たちにとっての勲章なのだ。  だが、その遊びも長くは続かなかった。  事の次第を知った父がすぐさま、この場所を立ち入り禁止区域としたからだ。禁を犯した者には重い懲罰を科すことも辞さないと、父は町を治める長として通達した。  その通達に恐れをなしたのは大人たちだった。  彼らは厳しく子供たちを統制し、禁止区域に決して近づけさせなかった。  それほどまでに、父いや、羽村の当主の命令は絶対的なものだったのだ。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加