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(2)
町の中央の広場には屋台が設営されはじめ、おびただしい数の提灯が縦横無尽に走るワイヤーロープに括り付けられていた。
広場から翼のように広がった家々の軒先には、ピンク色の紙花が連なった軒花と丸提灯が飾られている。
すっかり祭りムードだ。
町にとっては大切な神事でもある。
浮かれるのは無理もない。
今は冷めた目で見ている自分だって、去年までは向こう側の人間だったのだ。
けれど、今はもう違う。
美和子がいないーーたったそれだけで、世界はこんなにも違ったものになった。
誰も去年のことなど顧みもしない――そんな現実に吐き気しか覚えない。
この町は狂っている。
自分さえよければ、それでいい連中の集まりなのだ。
でも、自分は違う。
美和子美和子美和子美和子美和子みわこみわこみわこみわこ――
すっかり朽ち果て、荒ら家と化した美和子の生家の前を見て、ここだけぽっかりと穴が開いていると思った。
住む人がなくなった家は途端に荒れ果てる。
手入れのされなくなった庭は鬱蒼とした草に覆われ、足の踏み場もない。
雨樋は傾いて、今にも倒れそうだ。
木製の雨戸はハンマーかなにかで破壊されたのか、屈めば子供一人くらいは入れるくらいの大きな穴が開いている。
その奥の窓ガラスも割られ、ガラスの破片がそこら中に飛び散らかっている。
真夏の昼日中。
青く冴えわたる爽快な空の下、煌々と明るいはずの景色の中で、この家だけが暗く沈んでいる。
まるでギラギラと燃え上がる太陽の中にある黒点みたいに、ぽつんと闇深い。
たった一年でこれほどまでに荒廃したのは、町の子供達のいたずらのせいだった。彼らがお化け屋敷だ、肝試しだと言っては、家に上がり込んで家を荒らした。
子供たちにとっては、どれだけ横暴に振舞えるかが大事だった。勇気を示すことこそが、幼い子供たちにとっての勲章なのだ。
だが、その遊びも長くは続かなかった。
事の次第を知った父がすぐさま、この場所を立ち入り禁止区域としたからだ。禁を犯した者には重い懲罰を科すことも辞さないと、父は町を治める長として通達した。
その通達に恐れをなしたのは大人たちだった。
彼らは厳しく子供たちを統制し、禁止区域に決して近づけさせなかった。
それほどまでに、父いや、羽村の当主の命令は絶対的なものだったのだ。
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