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第一章 美和子 (1)
祭りの前の夜はいつもざわざわしている。とかく自分以上に周りが。
木々や草花といった自然のもの。それからそこを宿り木として命を育む動物や虫たち。月や風、大地や水。みんながみんな不安げに身を寄せ合って、震えているように感じる。
彼らは祭りを待ちわびているのではなく一様に恐れている。祭りが無事に終わるまでは息を潜めて何事も起こってくれるな――とひたすら祈る。一年三六五日。そのうちのたった一夜。その日さえ無事に乗り越えさえすれば、残りの三六四夜は心安く迎えられるのだ。
そして今年もまた、その日を迎える。
明日、雨乞子山の(あめこごやま)頂のお社におわす『あめごいさん』が町に下りてくる。麓に暮らす町民たちは、いつもお社にひとりきりでさみしい思いをしているあめごいさんをもてなすために、一夜かぎりのにぎやかなお祭りを催さねばならない。その日が楽しく過ごせれば、あめごいさんは大人しくお社へ帰ってくれる。村に災いが降りかかることもない。
いったい、あめごいさんとは何者なのか。大人たちは詳しく教えてくれない。神様なのか。物の怪なのか。誰も知らないのか。知りたくないのか。触れてはならないことなのか。未だわたしにもよくわからない。ただ『あめごい町』がまだ『雨乞子村(あめこごむら)』と呼ばれる頃からあめごいさんはいて、お社はその頃に建てられたものらしい。
雨乞子山はS県H市の北西部に連なった山の一部で、独立した山頂を持つ一峰である。標高は一七六メートル。山頂まで行くには九六四段ある石段を上らなければならないが、それを上って山頂まで行こうとする者はまずいない。
昔から雨乞子山へ入ることは固く禁じられている。その禁を冒そうものなら想像を絶するような厳しい仕置きが待っている。両手両足の爪を全部剥がされる程度ならまだ、優しいかもしれないと思えるほどの仕置きらしいが、詳しくは教えてもらっていない。
そんな山を北側に背負って構える町は、広場を中心にして東西に展開している。東側は地主などの富裕層が、西側は小作人などの貧困層が暮らしており、わたしの家は西側の集落、なかでも一番外れにあたる天子池(あまこいけ)のすぐそばだ。家の並びも山側に近いほど力が強いこの町で、わたしの家は最も立場が低い。ひと昔前ならば、奴隷の身分と同じ。いや、今もさほど変わりはないかもしれない。
どれほどいい職に就こうとも、裕福になろうとも、社会的地位が向上しようとも、ここではいっさい関係がない。それはあくまでも町の外での話で合って、町の因習に影響を与えるものではない。それに対して不満がある者はここを出て行くしかない。
けれど実際に去っていった人の話はほとんど聞かない。たとえ出て行ったとしても一時的なのだ。見えない糸で手繰り寄せられでもしているみたいに、いずれは戻ってくる。町自体がまるきり呪われていて、ここに生を受けた者は皆、その縛りからどう足掻こうとも逃れられない――そう思えてならない。
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