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 痛む傷をぎゅうっと握りしめながら、俺は目の前の女を強く睨み付けた。  女は「すまんなあ」と抑揚のない声でつぶやくと「でもな」と続けた。 「痛みがあるっちゅうんが、あたしからしたらうらやましいことなんさ。だって、痛みがあるっちゅうんは、あんたがちゃんとした普通の人間だって証明やろう?」 「だから! さっきから、あんたはなにが言いたいんだよ! 普通の人間、普通の人間って! じゃあ、なにか? あんたは普通の人間じゃないって言いたいのかよ!」 「ああ、そうさ。あたしは普通の人間やない。神さんの呪いを受けた人間なんさ」 「神の……呪いだって?」 「そうさ。あたしは先代のこまいの女が、あの山の神さんと交じってできた呪われた子なんさ」 「先代の駒井の女って、美和子の……」 「祖母や」 「じゃあ……じゃあ、あんたは・・・・・・」 「そう。美和子の母、利絵子の双子の妹。こまいりなこ。美和子からしたら叔母になるわいね」 そう言って、女は自分の名前を埃まみれの床に書いてみせた。 『狛井梨菜子(こまいりなこ)』  文字を書いた女を見る。  そう言われてみれば、目元は美和子に似ている気もする。ただ、美和子と比べる以前に、どうにも人間らしさに欠けすぎてきて、女を『人』として識別することが難しいのだ。  だが、一番の疑問はそこではない。美和子と同じ音を持つ苗字ではあるけれど、漢字が違うのだ。 「なんで違うんだ?」  俺の違和感をくみ取った梨菜子が「ああ」と小さく頷いた。 「この町では『駒井』いう当て字で通っとるみたいやけど、本当はこっち。狛犬の狛。オオカミを意味する漢字が入っとるんが厭やったんやろうなあ。うちらのほうが上位みたいでなあ。だけんど……」 梨菜子は一拍置いて考えた後、ふふっと嘲るように笑った。 「駒とはよう考えよったなあ」 「どういう意味?」 いぶかしんで聞き返すと、梨菜子は「ええか」と言った。 「駒は馬や。馬は人を乗せるもんや」 「自分たちより下にあるって意味を持たせた?」 「意味どころか、そのまんまやろ」  そう言うと、女はまた艶っぽく笑って「そういやあ」と目を細めた。
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