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「祭りで執り行われる神事のこと、あんさんはどこまで知ってるね?」
「知らない。代替わりするときでないと教えられないと、親父には言われてる」
「そうやろなあ。言えるわけないわなあ。言ったら言ったで、あんさんが自分と同じ行動に出るだろうと確信しとるやろうからなあ」
「なんで、そんなもったいつけた言い方するんだよ! 知ってること、教えてくれるんじゃないのかよ!」
「教えとるやろ、ちゃんと?」
梨菜子はしれっとそう言い切った。
子供だと思って馬鹿にしているみたいだ。
大人はみんなそうだ。
そうやって上から物を言って、子供を黙らせようとする。
それがたまらなくいらついて、俺は転がっていた茶碗のかけらをつかみ取ると、思い切り振りあげた。梨菜子のにやけた顔に向かって投げようとして、ハッとした。
茶碗を振りあげた俺を見つめる彼女の顔から、さあっと潮が引くように笑顔が消えていた。
彼女の大きな黒い眼にじいっと見据えられたせいで勢いが削がれ、ほんの少し手元が狂った。
投げつけた茶碗が梨菜子の左頬をかすめて、後ろの壁に激突した。ガチャンッと乾いた音を立てて粉々に砕け散った茶碗がボロボロと床に落ちた。
間髪おかず、莉菜子の左頬がぱっくりと口を開け、そこからとろとろと真っ赤な血が流れだした。
にもかかわらず、梨菜子は悲鳴ひとつあげなかった。もちろん、痛いとも訴えない。彼女は涼しい顔で流れ落ちてくる血を指で掬うと、それをぺんろりと長い舌で嘗めとった。
「少しは気ぃが済んだかえ?」
「な……なんなんだよ! 本当にあんた、なんなんだよ! 傷なんかできないって言ったじゃないか!」
「ああ、頭以外はなあ」
「なんで、それを早く言わないんだよ!」
「言う前に、あんさんが癇癪をおこしたんやないか」
言葉が紡げなかった。ぐうっと喉を鳴らして押し黙る。
悔しいのか、なんなのか、わからなかった。
でも、たしかに言うとおりなのだ。
俺は思い通りにならなくて癇癪を起した子供だ。
相手の術中にハマり、乗せられている。
何を言っても、なにをしても、梨菜子の手の上で遊ばれているだけのような気分になって、体の芯を焦がしていた怒りが急速に鎮まっていった。
膝から力が抜けて、俺はペタンと椅子に腰を下ろす。
項垂れて、足先を見つめると、先ほどまで忘れていた足の裏の痛みが息を吹き返した。
じくじくとして痛いはずだ。
靴下は足の甲のほうまで血で汚れ始めているくらいには、出血しているのだから。
「なんなんだよ……本当になんなんだよ……」
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