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さて、町から山へ続く参道の入り口はその広場の北側あるのだけれど、常に高い柵と有刺鉄線で塞がれていて、祭り前夜と当日しか開かれない。山への入り口はそこしかない。
たとえ祭り当日であろうと、その先へ出入りできるのは禊を受けた者に限られている。ゆえに選ばれた人間以外には誰も広場から先の鳥居をくぐる者はいないし、実際にあめごいさんの姿を見た者もいないのである。この町のすべてを取り仕切る大地主の羽村家の人間であったとしても、それは例外ではないらしい。
実際わたし自身、広場から北へは行きたくない。できることなら山へは近づきたくない。実は広場から先、雨乞子山へまではうっそうとした森林地帯になっていて、薄闇に閉ざされているのである。その闇になにか得体の知れないものが潜んでいて、常にこちら側をじとじとと見つめているように感じるからだ。ともすればこちらににっこりと笑いかけて、手招きしているように思えるときもある。木々の枝や葉が風に揺れて、手を振っているように見えるだけだと言ってしまえばそれまでなのだが、とてもそうは思えない。ときには毬をつくようなポンポンっという軽やかな音が聞こえたり、幼い子供の甲高い笑い声が聞こえたりもした。
けれど振り返って見たところで誰もいない。ただねっとりとした薄闇が口をあけているだけだ。なのに「こっちゃ来い」と誰かがわたしを呼んでいる――そんな話をすると祖母は血相を変えて、その話を誰にもしてはならないときつく口止めをしたものだ。当時はなぜ、そこまで祖母が怯えたように言うのかがわからなかった。
祖母を悲しませてはならないと、わたしは父にもこの話はしなかった。祖母は特に父にこそ言ってはならないと言うからだ。今にして思えば、祖母の危惧は大いに理解できる。それもこれも、わたしが祖母や母の血を濃く受け継いでいたからでもあるし、わたし自身がこの町にとって災いをもたらす忌み子であるというのを理解しているためでもある。
ゆえにわたしは祭りの日が嫌いだ。家から一歩たりとも外へ出たくない。叶うことなら扉という扉、窓という窓の施錠をしっかりして、布団の中で身を丸くし、息を殺してこの一夜をやり過ごしたいと思っている。そうでもしなければ、わたしは呼ばれてしまう。
――こっちゃ来い。
あの懐かしくも薄ら寒さを覚える声に。
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