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 ようやくたどり着いた広場は明るく、活気を帯びていた。おびただしい数の提灯が空にずらりと釣り下がっているせいもあるだろう。広場の周囲をぐるりと取り囲むように様々な屋台が並んでいる。やきそばの焼ける音。カステラの甘い香り。とうもろこしのしょうゆが焼ける芳しい匂い。ぐるぐると割りばしにまきついて大きくなっていく綿菓子。ぷかぷかと水に浮かぶ赤、青、黄色の水ふうせん。「たこやき、焼きたてだよお」「まいどありい」という威勢のいい野太い声も混じって聞こえてくる。それらに五感が刺激されて空っぽのお腹がぐうっと鳴った。 「なんか食う? 飯食ってないだろう?」  隆介が屋台を指さす。すぐに頭を振る。何も食べていないのは弟も同じだ。悠長にしていられない。一分一秒でも早く弟を見つけて帰らなければ。 「歩きながら食えるものが……ああ、フランクフルトがあったな。ちょっと待ってろ。腹減ってたら走れないだろう?」 そう言うと、隆介は広場の入り口付近にあるフランクフルトの屋台へと走っていく。  しかたなく、わたしはその場にとどまって、ぐるりと周囲を見回した。たくさん人がいた。ちいさい町だから知っている顔ばかりだ。浴衣や甚平を着ている人もある。屋台で買った食べ物をおいしそうに食べている人もいる。金魚すくいもあるみたいで、透明のビニール袋の中を小さな赤い金魚が泳いでいた。 みんな連れがいた。家族だったり、友だちだったり。誰もかれも笑顔で楽しそうだった。ひとりきりで来ている人はまずいない。小学生もたくさんいる。広場の北のほうからひとつの綿菓子をつつきあっている三人組が歩いてきた。弟と同じクラスの子供たちだ。少し前、弟にランドセルを持たせて歩いているのを見かけて注意したばかりだ。たしか彼らは町の東側に住んでいる子供たちで、注意した自分に対してもひどく横柄な態度だったのを覚えている。 「ねえ、きみたち。弟の友達だよね? 大樹、見なかったかな?」 大樹の名前を口にした途端、少年たちの顔から一気に血の気が引いた。彼らの足が自然に一歩あとずさる。 「し、しるもんか。な?」  グループの中で一番体格のいい少年、黒井さん家の敬太くんが顔を引きつらせて答えた。丸っこいじゃがいもみたいな顔がそっぽをむく。そんな彼に続いて、他の少年たちも口々に「知らない」と告げた。 「本当に知らない?」  ずずっと足を引きずって彼らに歩み寄る。彼らは体をのけぞらせながら、ぶんぶんと大きく首を左右に振った。さらに歩み寄り、上から覗き込むように彼らを見て、小首を傾げた。声を先ほどよりも低くする。 「本当に?」  顔を傾けたまま、少年たちの顔を食い入るようにじっと見つめる。少年たちの額から、たらりと汗が垂れてほほを伝う。こめかみのあたりがぶるぶると細かく震えている。さらにねめつけると、一番小柄な少年がたまりかねて「あいつが悪いんだ」と悲鳴に近い声を上げた。 「敬ちゃんが飴をよこせって言ったのに渡さないから」  残りふたりの少年が口をすべらせた少年の口を急いで塞いだ。口をふさがれた少年はもごもごと彼らに抑えられた手の下で、まだ何かを伝えようとしている。 「ねえ。その飴って……りんご飴?」  声がかすれた。少年たちはそれぞれ、こわごわとわたしを見上げる。ごくんと生唾を飲み込んだあと、敬太君は同級生の口からパッと手を離し、開き直って「そうだ」と答えた。 「大人のげんこつくらいでっかいりんご飴を持っていやがったんだよ、あいつ。よこせって言ってもできないって泣きやがるし、どこで売ってたんだって聞いても突然あらわれたからわからないってウソ吐きやがる。だから力づくで取ろうとしたけど、どんなになぐっても蹴っても、飴だけ離さなかったんだ」  そうだ、あいつが悪いんだと少年たちが口々に言う。自分たちこそがまっとうだと激しく主張する態度に吐き気を催した。  しかし、もっと恐ろしいのは彼らではない。彼らが口にした話のほうだ。弟が言っていた言葉は母から聞いたものと同じではないか。それが本当だとしたら、このままでは弟があめごいさんに連れていかれてしまう―― 「ねえ。大樹は……弟はどこなの?」 「それは……」  少年たちが途端にもごもごと口ごもる。相当ひどく痛みつけたと見えて、話したがらない。彼らは罪のなすりあいをするように仲間同士でつつき合っている。 「さっさと答えて!」 たまらなくなってあげた怒鳴り声に、少年たちがひりっと顔を突っ張らせた。彼らは身を寄せ合ってガタガタと震えながら一斉に指さした。彼らが指した方角に暗い山の連なりが見てとれる。 「あんたたち! 山に入ったの?」 「ちがう! 俺らは山の入り口まで追っかけただけだ。あいつが逃げるもんだから! でもたぶん、あいつはもう……」 最後まで聞かないうちに傘を放り投げて走り出していた。足の痛みは吹き飛んでいた。ただもう必死に広場の北口に向かって駆けた。
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