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 広場の北口に来てみると、柵の入り口はしっかりと開いていた。例年なら入り口には消防団の法被を着た守番がひとり、ふたりついているのだが、前夜祭のためなのか、それとも祭りで酒をもらいに行っているのか、それらしき人物は見当たらない。  そうっと奥を伺う。数歩先に大きな赤い鳥居がある。そこから先は深い闇を湛えた林が広がるばかりである。鳥居をくぐった先は人ひとりがようやく通れるくらいの狭い砂利の道が林を突っ切るようにして通っており、道の両側に一メートルほどの等間隔で古い石灯篭が建てられている。かなり昔からあるものなのだろう。風化して角が取れて苔むしている。  石灯篭に火が入っているおかげで道の周辺だけはあらためることができる。灯篭を伝うように視線を走らせれば、光の帯はずっと奥、山頂まで続いている。石燈籠の火が風もないのにチラチラと揺れる。しんと静まりかえった林の奥から「早くこっちゃ来い」という声が聞こえた気がして思わず身震いした。  足がすくむ。家を出てからずっと感じる嫌な気配や予感がこの身にまとわりついて離れない。この鳥居を潜ったらどうなるのか。まるで予想ができない。怖い。行ってはダメだと言うように頭の中で警鐘がやかましくなり続けている。だが…… 「大樹――」  暗がりへ注意深く目を向けながら林の参道へ踏み出した。弟を追いかけていった少年らは弟が山へ向かったと言った。入り口まで追いかけたということは、そこまで行かなければならないということでもある。最後まで話を聞いている余裕がなかったのもあり、彼らが言いかけたことがなんだったのかがとても気になる。あいつはもう……なんだというのだ。あめごいさんに連れていかれたというのか。 ――そんなことさせない。絶対に!  お山の頂へ顔を向けて強く思う。木々に遮られて山頂の様子はわからないが、目に見えるかぎり、まだ石灯篭の火は消えていない。風も吹いていない。あめごいさんが下りてくるときは風が吹く。石燈籠の火は山から吹きおろす風によって山の頂から徐々に消えていく。まだ大丈夫。それなのに奥へ進めば進むほど、不安はますます強くなる。  林へ入って気づいたが、進めば進むほど気温が下がっている。それまで火照っていた体がすうっと冷えて、汗が引いていくほど明確にだ。それに加えて一歩踏み出だすごとに闇がじわり、じわりと濃くなる。まるで巨人の大きな口の中にでも入ったかのような感覚だ。それでいて、なにか腥い匂いが立ち込めている。あちこちに生き物の腐乱死体が隠れているみたいに、濃い死の臭いが漂っている。  叫び声をあげて一目散に逃げだしたくなるのをこらえて進む。ときおり弟の名を叫んでみるが、自分の声が暗がりに溶け込んでいくばかりで彼からの返事はない。参道を照らす灯りと闇夜との境目がゆらゆらと揺れて見える。気だけが焦るばかりで、足は思ったよりも進まない。    今、何時だろう。急がないと。早く弟を見つけて、急いでこの場を離れないと――
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