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出会い
熱帯夜だというのに、更に暑苦しくなる風体の奴が、俺から離れてくれない。
俺は、コンビニで買ったばかりのカップ酒の蓋を開けると、グイっと一気に流し込んだ。
「おい、八代、お前も、飲みてぇだろう?」
ぷはあーと、酒臭い息を、俺は、わざと、吹きかけた。
一瞬、怯みながらも、黒スーツの男、八代は、「酒など欲しくありません。頭を、お守りしなければなりませんので」と、生真面目な返事をした。
「お前が側に入る方が、よっぽど危ねぇわ。八代組、初代組長殿」
「頭、まだまだ、あの抗争の恨みを持っている輩が、おります!」
「八代、俺は、もう、極道の世界から足を洗ったんだ。俺は、ただの、龍之介なんだよ」
八代はシャープな目元をこちらに向けると、困惑したような顔をした。
「カタギになったんだ。龍でいいだろうが」
少しだけ間があった後、八代が小さく呟いた。
「では、龍……様は、いかがでしょうか?」
俺は持っていた、カップ酒を落としそうになった。
「お前、執事か!」
「では、ご主人様で!」
八代は、言い出したら引かない男だ。
孤児院育ちで、少年院常連の八代が、俺の組の門を叩いた。男にしてくれ、などと意気がって。
あの頃は、それで良かった。
でも、俺は、もうカタギになったんだ。
「龍様で、いい」
流石に、ご主人様は、ないだろう。折れた俺に、八代は、目一杯頭を下げた。
ちびりちびりと、二個目の酒を啜りながら、歩いていくと、道の真ん中に若い男が寝転がっている。
酔っ払いか?
男の側を通り過ぎようとした時だった。
「……くそっ!何処にいんだよ!片平龍之介ーーーっ!!」
男は叫ぶと、イビキをたて始めた。
寝言で、俺の名前を叫ぶって、こいつ何者だ?
「龍様……」
八代が、声をかけてくる。
俺は、もう一度、男を見た。左腕には、小さな虎の刺青が入っていた。
「八代、俺の名前を知ってるヤツだ。とりあえず連れて帰る。運べ」
「しかし!刺客かもしれません!」
「だからだろ?取っ捕まえて、吐かせれば、いいだろうが?」
八代は、黙って泥酔した男を背負った。
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