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銭湯
ビビアンが帰ってすぐ、俺は馴染みに、今から行くと、メールを入れた。
「でかけるぞ、八代、虎」
人気のない朝のネオン街を、俺達は歩いていく。寂れた小さな歓楽街も、俺のシマだった頃は、活気があった。
今では、店も減り、老舗と呼ばれる店数件が、耀きを発しているのみだ。
「着いたぞ」
「え?銭湯かよ」
虎が目を丸くする。
「リュウさん、俺は……無理だろ」
「虎、大丈夫だ。朝の開店前は、俺の貸し切りだ。刺青あっても大丈夫なんだ」
『ゆ』と大きく書かれた大きな暖簾をくぐる俺の後ろに、八代と虎が続く。
たちまち、耳をつんざく高音の、猫なで声が俺を迎えた。
「リュウさん待ってたわよぉ!」
五十絡みの、ふくよかなお体のご婦人と、言っておこう。この、銭湯の女将、芳子が、過剰すぎる表情で、番台から身を乗り出している。
「悪いな、女将」
「もう、芳子って呼んでぇ」
俺は笑って、ごまかす。
「あら?八代ちゃんの、後ろの子、初めてだわよね?」
芳子は、虎を舐めるように見る。
「こいつは、虎」
「八代ちゃんの所の、新しい子?」
「いや、俺の助手」
不思議そうに、虎を見る芳子を横目に、俺達は、服を脱いで籠に入れていく。
「すっげーマジかよ!」
虎が、俺の背中に彫られた上り龍と、それに対峙するように牙を剥く虎の刺青を、しげしげと眺めた。
「へぇ、イケオジは蛇と菊なんだ」
八代の体にも龍之介と同じく、背中から腕まで、隙間なく刺青が入っていた。
──湯船から溢れる湯を、気にも留めず、俺は、富士山の壁画を背にしてゆったりと湯に浸かった。
「あぁ……沁みるな」
虎が身体を洗い終わり、湯船に入ろうとした。たちまち、八代が、長い足で虎を蹴り飛ばした。
バッシャン!っと派手な水音と共に湯船に沈んだ虎が、びしょ濡れの顔を上げた。
「何すんだよ!」
「年功序列を、知らないのか?龍様の後は俺、お前は最後だ」
「八代、静かにしろ」
龍様、すみません!と、八代は、慌てて、全裸で土下座する。
虎は、へっと、笑うと、左手で、髪をかきあげた。
……こいつ、左利きか……。
俺も左利きだ。時々、物珍しがられる為、同じ左利きを見ると、敏感になってしまう。
と、腕に彫られた刺青が目に入った。
「……なぁ、虎、お前は、何で虎の刺青なんかしてる?」
虎は暫く黙っていた。
「別に言いたくないならいい。ただな、刺青ってヤツは、男の覚悟。その背に背負えるヤツだけしか彫っちゃいけねぇもんだ」
「……これは、約束なんだ、ある人と」
虎は、少しだけ俯くと、湯船の湯で顔を洗った。
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