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街はずれ。田園地帯を通りがかる。街灯の光が水面に反射し、夜と思えぬほど明るかった。
季節柄、カエルたちの合唱が鳴りやまない。
そこで気づく。虫の声がひとつもないことに。
よくよく考えれば当然である。カエルの前で声高に鳴く命知らずはおるまい。そんなことに、しかし夜を歩いてみて初めて気づく。
世の中は試してみねば知らぬことばかり、経験してから知ることばかりである。
げこげこを聞きながら、ふらりふらりと歩いてゆけば、やがて川に突き当たった。
堤防の上は、昏い。足元さえおぼつかぬほどである。
海が近い故、川幅は広く川底は浅い。せせらぎとも呼べぬ程度の音が、さらさらと流れては消え、消えてはさらさら流れてゆく。
すぐそばからは、夏虫たちの歌声が舞っていた。
堤防脇で好き放題に伸びた夏草の群れは、虫たちにとっては最高の住まいであろう。しかしこの湧き出でる歌の数々。はたしてどれほどの数がいることやら。
ふと見上げると、雲は薄まり、朧月であった。灯りとしては心もとないが、光としてはちょうど優しくて温かい。
歌いたくなる気持ちもよくわかるというもの。
隣を見ると、靄が肩を並べていた。
じっとしたまま、ほとんど揺れぬ。
耳目がないのでとんとわからぬが、川の音か夏虫の歌か、あるいはい淡き月光に執心なのであろう。
それほどに、ここはじつに心地よい。
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