或る末子の悔悟

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 居間に現れた兄は生きていた。  弟を見ると、武働きで日焼けした顔に、はにかむような笑いを浮かべた。 「朝からすまぬな」 「兄上、突然、どうされたのです」  先ほどまで奇妙な夢を見ていた忠数の舌は、どこか上擦っている。しかし一方で、健やかな兄の姿を見て、全身がほうと緩むのを感じた。 「いやあ、久しぶりにお前の顔を見たくなったのだ」  兄はそう言った。確かに彼らは毎日のように顔を合わせてはいたが、面と向かって言葉を交わしたのはどのくらいぶりだったろうか。 「かような時にですか」  戦の朝である。寝坊した忠数が言えることではないかもしれないが、兄もそろそろ鎧を着なければならないのではないか。  そこで、忠正の眼差しが真剣さを帯び、弟へ向いた。 「――お前が、縦山の使者と会ったという者がいてな」  忠数は、息を呑んだ。しかしすぐに、兄を見つめ返した。 「たしかに、縦山の使者は来ました。ですが、追い返しました」  忠正は頷いた。 「そうであろう。だが、お前が城を持てぬことを不服に思っているという者もいてな。縦山は、その不和に目をつけたのだと」 「それは、我が非才と不徳のゆえです。口惜しいのは、そのことだけです」  言葉が口を突いて出ていた。それを聞いた兄の顔は、どこか辛そうだった。 「才徳の至らぬのは、儂のほうだ。家老がお前の様子を見て来いと言ってな。それまで、お前の苦労に思い至らなかった」 「なんの。兄弟が手を取り合ってこそ、家も富み栄えるというものでしょう。共に、我が家を守り育てましょうぞ」    兄は今度こそ微笑むと、膝を進め、弟の手を取った。  もう、忠数が悪い夢を見ることはないだろう。 <終>
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