或る末子の悔悟

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 翌朝目覚めた時には、忠数は決意していた。一族の者を裏切って、縦山側へ趨る。  この度の戦において忠数は、忠正を将とする主力軍が戦場へ赴いている間、城の留守(りゅうしゅ)をするよう言い付けられている。  怪しまれないようにまずは警護の体制を整えておき、日が沈んだら裏口から密かに逃亡する。縦山側の陣へ逃げ込み、大将に取り次いでもらって味方の策戦や陣立てを明かしてしまうのである。  敵を欺くにはまず味方からという。忠数は誰にも企みを伝えずに、ただひとりで実行を決めた。  裏門を開いて逃げ出す際に見張りに気付かれてしまい、駆けつけた家臣の一人が立ち塞がった。兄の忠正に忠義を尽くしている家老だった。 「退かねば斬るぞ」  忠数は言い、言葉通り斬り合いとなった。彼はやむなく家老を槍で突き殺すと、槍を捨てて夜の闇へ逃げ込んだ。  月明かりを頼りに供もなく野を走り、忠数は縦山の本陣へ辿り着いた。  忠数は川柳の策戦を縦山に伝え、城には留守の将がいないことも併せて告げた。  果たして縦山は彼の密告に従って軍を動かし、川柳や味方の隊を粉々に砕いた。  川柳の将は多くが討たれ、兄の忠正も首を取られた。  縦山の陣には、次々と捷報(しょうほう)がもたらされる。それを聞くにつれ、次第に体が重くなってゆくことに、忠数は気付いた。  帰る家を失うことは覚悟していたはずである。しかし、この気の重さは何だろうか。  縦山の頭領は喜色を隠さず、此度の大勝は忠数の手柄だと言って手を拍ち、討ち取った忠正の首を手元に招いた。  兄の首を見るかと問われ、忠数は、どうにも頷くことができなかった。  腹の内で何かがとぐろを巻いており、気分が悪い。  忠数は首を振ると、丁重に辞退した。 *
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