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そうして忠数は縦山の将となったが、その後に起きたことといえば、妻の八重が言った通りだった。
もともと敵軍の将であった上に裏切り者の忠数は、縦山の将士たちから信用されなかった。縦山の頭領も、気遣いを見せたのは初めだけで、忠数に小さな屋敷とわずかな使用人を与えると、そのあとは忠数のことなど忘れたかのように過ごしていた。
これでは、川柳で家臣の如く使われていた時から、何も変わっていない。それどころか、もっと悪くなっている。
忠数は、後悔した。
自分の浅慮に、今更のように愕然とした。
覆水は盆に返らない。
それはもう、絶望といってよかった。
その日も鬱怏としながら昼夜を送り、日が落ちて床に着いた忠数は、夢を見た。
夢に見たのは、忠数が川柳を裏切った戦の晩だった。忠数は縦山の陣幕の内におり、そこに函が運ばれてくる。
函が開かれ、中から現れたのは、兄の――
そこで、忠数は飛び起きた。
飛び起きると、そこは川柳にあった忠数の屋敷だった。
無論、川柳を裏切り去って以来、目にしたことはなかった。
まだ、夢を見ているのか。
呆然としていると、八重の声がした。
「あなた様、いつまでお休みですか。兄上――平右衛門さまがお越しでございますよ」
平右衛門とは兄忠正のことである。
混乱したまま、忠数は布団を蹴って立ち上がった。
懐かしくすら感じる川柳の屋敷には、八重の他、見慣れた家人たちがおり、忠数を見かけると挨拶してくる。
どうやら忠数は、川柳を裏切った戦の朝に立ち戻っていた。一体全体、彼は随分長い夢を見ていたようである。
それにしても、兄忠正が訪ねてきたとはどういうことだろうか。
忠数は慌てて着替えると、居間へ入って客人を迎えた。
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