或る末子の悔悟

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 世は戦国中期。川柳(かわやなぎ)忠数(ただかず)は小さな武家の庶子として生まれた。兄弟が多く、忠数の上には兄が四人いた。  長じて川柳家の一将となった忠数は、思い悩んでいた。  この時代、重んじられるのは家督を継ぐ嫡子である。妾腹の庶子は、父を同じくしていても嫡子とは区別して育てられ、成人したあとは家来のように使われることが多い。  忠数も例に漏れず、五人兄弟の末子として、城も与えられず領地も持たなかった。家臣に混ざって召し使われ、戦となれば当主であり大将である兄の盾となり戦う。  彼は、妻の八重(やえ)にこぼした。 「儂は口惜しいのだ。武士に生まれたからには城持ちとなりたいが、亡き父上は末子の儂には城をお与えにならなかった。いくら働けども甲斐はなく、儂は兄上に犬馬のごとく使われるだけだ」  八重も武門の姫ではなく、土地の豪商の娘である。八重は夫の言葉を聞くと、声を低くして諫めた。 「あなた様、何をおっしゃいますか。お働きに甲斐がないわけがありませんでしょう。一族が力を合わせて、何とか家を守っているのじゃありませんか。戦に敗れて縦山(たてやま)についたりしたら、骨皮(こっぴ)となるまで搾り取られましょうよ」  しかし妻にいくら宥められようと、忠数の気分は晴れない。  当主であり長兄である忠正(ただまさ)は、家中では逸物(いつぶつ)だと言われている。  度量があり、戦もまずくない。義理堅く、他家の当主から一目置かれ、主家ともいえる大名からは信望を得ている。  忠数は童子の頃から、兄を敬えと教えられてきた。何をするにも命令されるばかりで、己の声というものをあげたことがない。  (おれ)だって、という思いがある。 「いっそのこと、敵国へ(はし)ろうか。明日からの戦で、兄上を裏切って縦山へ味方するのだ」  実は忠数は、半月ほど前に敵である縦山家からの密使を受けていた。密使の相談とは、戦における内応である。その時は使者を追い払ったが、あれ以来、忠数の胸の内は揺れ続けている。  夫の言葉を聞いて、八重は青くなった。 「何をおっしゃるのですか。そんなことをされたら、川柳家はばらばらになってしまいます。おひとりで縦山へ下っても、望むように重用されたりはしませんよ」  そう言われたものの、忠数はその晩も布団の中で考え続けた。とにかく兄、忠正から独立したい。 *
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