5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
傾きかけた日が少し眩しい。
私は一人、部室の椅子に上履きを脱いで体育座りしながら、スマホで執筆アプリをいじっていた。
書きたいシーンの手前なのに、うまく場面をつなげられずに文を書いたり消したりする。
不意に、部室のドアが開いて吉村くんが入ってきた。
「ああ、川崎さん。お疲れ」
吉村くんは文芸部の同級生。
男の子なのに、ふわりとした不思議な文体で純文学みたいな小説を書く人だ。
吉村くんはノートパソコンを机に置くと、私を見下ろしていった。
「川崎さんって、双子なんだっけ」
「え、そうだよ。よく知ってるね」
「この間、先輩たちと話してたじゃん」
「そうだっけ」
吉村くんとはときどき部室で顔を合わせるけど、特に仲が良いわけではない。
こんなふうに話しかけられたのは初めてかも知れない。
「僕さ、双子の小説を書いたんだ」
吉村くんは、机に置いたパソコンを開きながら言った。
「川崎さん、よかったら最初の読者になってよ。今日の夜、日付が変わったらネットで公開するから」
最初の読者。
小説書きにとって、それは特別で神聖な存在だった。
私は、わかったとだけ応えて、静かに夜を待った。
最初のコメントを投稿しよう!