セレナーデ

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 傾きかけた日が少し眩しい。  私は一人、部室の椅子に上履きを脱いで体育座りしながら、スマホで執筆アプリをいじっていた。  書きたいシーンの手前なのに、うまく場面をつなげられずに文を書いたり消したりする。    不意に、部室のドアが開いて吉村くんが入ってきた。 「ああ、川崎さん。お疲れ」    吉村くんは文芸部の同級生。  男の子なのに、ふわりとした不思議な文体で純文学みたいな小説を書く人だ。    吉村くんはノートパソコンを机に置くと、私を見下ろしていった。 「川崎さんって、双子なんだっけ」 「え、そうだよ。よく知ってるね」 「この間、先輩たちと話してたじゃん」 「そうだっけ」    吉村くんとはときどき部室で顔を合わせるけど、特に仲が良いわけではない。  こんなふうに話しかけられたのは初めてかも知れない。 「僕さ、双子の小説を書いたんだ」    吉村くんは、机に置いたパソコンを開きながら言った。 「川崎さん、よかったら最初の読者になってよ。今日の夜、日付が変わったらネットで公開するから」    最初の読者。  小説書きにとって、それは特別で神聖な存在だった。    私は、わかったとだけ応えて、静かに夜を待った。  
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