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海が好きだ。
だから、最後に行くならここがいい、と決めていた。
潮風。
海の香り。
寄せては返す、波の音。
ここは沖縄ではないから、コバルトブルーの海ではないけれど、僕は海ならどこでも好きだ。沖縄は、貝殻が砕かれてそれが砂となっているから、透き通るような綺麗な海なんだと、高校のときの修学旅行のガイドさんが言っていた。
下を見ると、そこにはどす黒い海が広がっている。この崖から少しでも足を踏み外せば飲み込んでやろうと言わんばかりに、波は激しく音を立てている。
上を見上げると、曇り空が広がっていた。五月にしては風も冷たく、僕は身震いをしそうになる。
涙は出なかった。僕はすでに、絶望してしまっていたのだろう。
どう頑張っても、報われない。
何も楽しいと思えない。
生きるのに、疲れた。
意識がほんの少し僕の制御を外れた瞬間、僕は海へと落ちていた。あっという間だった。
ざぶん。
水に沈めたじゃがいもってこんな気分なんだろうな。そんなことを考えた。
目を開けると、見慣れた青が広がっている。どこまでも続く、鈍い海の色。
痛みを感じて、思わずぎゅうと目を瞑る。海水は塩が含まれているから、目に入ると本当に痛い。そんなことは、前から分かっていたのに。
目の力を抜いて、全身の力を抜く。そうすると、幾分か痛みは引いた。
ふと唇に何かが触れたのを感じた。
それはぞっとするほど冷たかったけれど、ほんのちょっぴり温かかった。
あぁ、僕は魚とキスをしているんだな。
しばらくすると、その感触は消えた。
「おにーさん。生きてるー?」
少女の声だった。
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