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「最初の頃は夏の風情が感じられて良いんだけどさー。段々うざったくなるよね、蝉の鳴き声ってー」
背後から、麦の嘆きが聞こえてくる。
「でもそのうちみんな、道ばたにひっくり返って転がっちゃうじゃーん?あれはちょっと可哀想ー」
ミンミンと鳴く蝉は、夏が進むにつれ次第に増え、一本の幹に二、三匹止まっている姿も暫し見かけるようになってきた。
ブレーキふんわり握りしめ、ゆっくり止まる赤信号。つうっとこめかみから滴る汗が、頬を伝って顎で落ちる。アスファルトへ向かうそれを目で追っていると、麦が突然叫び出す。
「愛してるー!!」
突拍子もない行動、加えて内容に、俺は思わず姿勢を崩した。
「きゃっ」
「ごめんっ!」
自転車ごと転倒しそうになったきっかけは麦にあるのに、咄嗟に謝罪をしてしまう俺は彼女に勝てやしない。ぐるっと首を反転させ、彼女を見る。
「な、なんだよ急に……」
戸惑う俺の真後ろで、にししと悪戯に笑った麦は、汗で湿っている背中の生地に、大きくハートを描いてくる。
「大地今、私が告白したかと思ったでしょ」
いや、それは流石に思わない。
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