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麦が「連れてって」と強請るのは、スーパーや雑貨屋なんかもあったが、やはり海が断然多かった。麦の幼馴染を務めて十数年、今年の夏から唐突に始まった彼女の海好き。
なんで最近、海にばかり来たがるの。
その問いをアメリカ産の風の話にすり替えた麦の答えは、それからも聞けずじまい。もう一件、麦に関して何かを聞き忘れている様な気がした俺は、彼女と出掛けた先の本屋で立ち読みをしながら思い出そうとしていた。が。
「このピンクのランニングウエア、可愛くない?大地、私にプレゼントしてよ」
とある週刊誌の広告ページを俺の間近に持ってきて、麦がそんなことを言ってくるものだから、俺の思考はスイッチされた。
「麦、ランニングできんの」
「できるわけないじゃん、早歩きだってドクターストップ」
「じゃあ買っても無駄じゃん」
「無駄じゃないよぉ。ちゃんと着るもん、普段着として」
「にしたって俺が買うのおかしくない?ただの幼馴染なのに」
「えー、ケチぃー。ただの幼馴染じゃないから買って欲しかったのにぃーっ」
こんな不条理なことで、むくっと頬を膨らませた麦の気持ちは、一体どこにあるのだろう。
ただの幼馴染じゃないから買って欲しかったのに。
その裏にある彼女の想いが、俺は知りたくてたまらない。
「あーあっ。じゃあもう、今から私が全力で走っちゃうぞって脅したら、買ってくれる?」
閉じた週刊誌を俺に預け、よーいドンのよーいのポーズを構えた麦はまた、悪戯な笑み。
「ほらほら、買ってくれるって言ってくれないと、私スタートしちゃうよっ」
本棚に囲まれた狭い店内で、最低限の常識は持っているであろう麦が、そんなことをするわけないと思うけれど、もし今目の前で彼女のダッシュでも見れたとしたら、幼少期から常に胸へ抱いている蟠りみたいなものが、とけるのではないかとも期待した。
何故なら俺は、未だに信じられずにいるんだよ。
麦の心臓が、ずっとやばいんだってこと。
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