麦の音

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 ああでこうで、だからこうなって。  先生は児童皆に伝わるよう、子供にもわかり易い解説をチョイスしてくれていたと思う。ああそっかなるほどと、皆の首は縦に振られていくのに、俺だけは自分の中の信念を曲げられずにいた。  全く同じ長さの紐を使って図形を作るんだ。だったら全部一緒の面積になるに決まっているじゃないか。  計算式まで用いて、何度も繰り返し説明を受けたけれど、その日は怪訝(けげん)な顔のまま帰宅。何かおやつでも食べるかと、昨晩食べかけだったポテトチップスを食卓に広げた時、袋の口を止めていた丸い輪ゴムと目が合った。  円。これは一番大きな図形の円だ。俺は納得のいかないそれを卓から拾い上げると、輪っかの両端に左右二本ずつの指を入れて広げ、四角を作ってみた。 「ほら、円と一緒の大きさじゃね?」  輪ゴムは伸びる。己の力加減次第で調整がきいてしまう。それは頑固な俺でも認めざるを得ない事実。  ならば後で紐でも見つけて試してみようと考えながら、その輪ゴムを真横に引っ張り(もてあそ)んでいると、今の今までそこに見えていた面積が、ふと消滅した。 「え……?」  度肝を抜かれた俺は、ぴーんと伸ばした輪ゴムから力を抜き元に戻す。輪ゴムは文句も言わず従順で、きちんとあるべき姿、円の形になった。俺の目に映るのは、まあるい面積。  今度は少しずつ、左右均等に力を入れて引き伸ばす。するとどうだろうか、ゴムの長さが二倍ほどになっているのにもかかわらず、円から長方形に近い形になったその面積はとても狭く感じたし、しまいには上下のゴムがくっついて「縦」という高さが失くなれば、その面積はゼロになった。  暫しそのままで、固まる俺。 「そういうことか」  硬直した身体が()けた時、俺は大きく頷き得心(とくしん)した。百聞は一見にしかず。そんな故事成語が頭を()ぎった。
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