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「早く連れてってよ、海ぃー。大地のバイクでさー」
麦が言うバイクとは、彼女が先程ベルを鳴らした何の変哲もないママチャリのこと。庭へと続く砂利道が、俺専用の駐輪場。
よくもまあ、インターホンを素通りし、人んちの敷地内へずかずかと。
なんてことは思わない。何故なら麦は、俺が産まれた時からご近所さんの、家を行き交う竹馬の友。家族同然と言っても過言ではない仲だから。
「はあ?また海ぃ?」
光合成を求める葉の様に、彼方此方を向く毛先を頭皮ごとガシガシ掻いて、俺は一発大きな欠伸、気怠い様子を見せつける。けれど悲しいかな、麦へ俺のそんな思いは届かない。
「うん、海。だから早く用意して」
頭上の手は途端に静止。俺は暫く麦を見やる。白い肌に白い半袖、明るい色したお団子ヘア。背後のスカイブルーも相まって、彼女が夏の象徴、入道雲に思えた。
ガシガシガシ。まだ眠い。
「後から行くから、麦、先行ってれば」
「え、無理」
「もうちょい寝てえよお」
「だってほら、海岸までは坂道あるじゃん。私ほら、ここがアレじゃん」
人差し指でとんとんと、自身の胸を数回突き、「ね?」と頭を傾ける。そんな麦には言い返せず、俺はふんと息を吐くだけ。
「じゃあちょっと待ってろ。すぐ準備すっから」
「ラジャー」
「朝飯は?」
「食べてない」
「じゃあコンビニ寄ってから行こ」
窓を閉め、パジャマと然程変わらぬ服を身に纏う。顔を洗い、歯を磨き、ビーチサンダルへ足を差し込む。
「お待たせ」
「おっそーい」
俺が窓を閉めてから、玄関を開けるまでの所要時間はおよそ五分。
「ほらっ、早く行かないと海が逃げちゃうっ」
それでもこんな理不尽をぼやかれるのだから、麦には本当、お手上げだ。
「はいはい」
俺がサドルへ尻を付ければ、その後ろに彼女が着く。
「しゅっぱーつっ」
腰に華奢な腕が巻かれるのとほぼ同時、麦の合図で俺はペダルを漕ぎ出した。
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