麦の音

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 歩けば二十分、自転車ならば八分。俺等の自宅と海の距離はそのくらい。天高くを目指すお天道様が、海よりも遼遠(りょうえん)から、ジリジリ俺を睨んでくる。 「あちい」  陽炎(かげろう)燃ゆるアスファルト。汗が(うなじ)を伝っていく。今すぐ氷水にでも浸かりたい気分なのに、腰へあてがわれた温もりだけは不快に思わないのだから、これは蜃気楼にも似た摩訶不思議。 「大地ー」 「んー?」 「月曜から夏休みだねー」 「実際には土曜からじゃねー?昨日だって今日だって、学校休みじゃんかー」 「まあ、そうだけどー。大地はどっか行くのー?この休みー」 「決まってねー。麦んちはー?」 「私ー?私はねー」  ふたり前を向きながら、どうってことのない、会話の最中(さなか)。 「あっぶね!」  俺が急ブレーキをかけたのは、路地から幼児が駆けて来たから。 「ご、ごめんなさい!」 「ごめんちゃい!」  その()すぐ彼の母らしき人が現れて、ふたりは脱兎の如く去って行く。己の胸が早鐘を打てば、気になるのは後ろの麦。 「大丈夫か、麦っ」  勢いよく振り返り、麦の様子を確認する。胸に手をあてていた彼女は「びっくりした」と囁いた。 「平気?」 「う、うん……」 「ごめんな、急に止めちゃって」 「いや、しょうがないよ今のは……」  バクバクバク。俺の鼓動はまだ速い。ならば麦の負担はもっとだろう、と思うのに。 「……よし、……うん大丈夫。もういいよ、走って。ゴーゴー♪」  なんて、語尾に音符マークまで付けてくるから、俺は未だに信じられずにいるんだよ。  麦の心臓が、ずっとやばいんだってこと。
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