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「わっ、誰もいないじゃん。ラッキー」
人気のない海辺には、ただでさえ高かった麦のテンションが急上昇。わあきゃあ浮かれて騒いで燥いで。それはそれは、ご満悦。
「ほんとだ。駅近の方で今日から海の家がオープンしたから、みんなそっちの偵察行ったんかな」
「え、いつもワンちゃんとお散歩してる、あの老夫婦も?」
「あの爺さんたちはそういうの興味なさそうだよな。じゃあ朝も早いし、たまたまだ」
コンビニで購入した炭酸水をプシュッと開けると、不気味な生き物の様に中身がうねうね飛び出した。ボトルの側面を伝い落ち、俺の足元の砂に出来た不恰好な水玉模様を見て、麦は「もったいなーい」と笑っていた。
「おっきいね、太平洋って」
寄せては返す波にくるぶしほどまでお邪魔して、麦は額の前で庇を作る。
「向こう岸、なーんも見えないやあ」
彼女がそう諦めがちに微笑むから、見せてやりたいだなんて無茶を思う。広い海、広い空。俺等を見下ろすあの太陽だけは、向こう岸とこちら側の両方を眺めているのだろうか。
波を蹴り、俺は聞く。
「なんで最近、海にばかり来たがるの」
チリンと麦が俺を呼ぶのはいつものこと。ちょっと聞いてよと友人の愚痴を述べるだけの時もあれば、買い物付き合って、の時もある。しかし近頃は、専ら海辺。ここでこうして海を眺め、他愛もない会話をして家路につく。
まあ、俺は麦と居られればどこでもいいんだけどさ。でもどうしてかなって、ただの疑問。
きらきら煌めく朝の海。風を吸って彼女は言う。
「この風って、どこ産か知ってる?」
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