麦の音

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「って、んなわけあるかっ」  日本とアメリカの時差よりも長い()を空けて俺がツッコミを入れたのは、翌朝のこと。チリンと自室で聞こえたベルが、麦ご登場のその証。窓を開けるや否や開口一番「アメリカ産の海に行こう!」とハイテンションで言われて、俺は怒りさえ覚えてしまった。朝は苦手だ。 「行かねーよ、昨日も行ったじゃんっ」 「なんでよ、行こーよ」 「てか朝早ぇよっ、俺が低血圧なの知ってんだろっ」  おやすみ!と強く言い放ち、麦へ背を向けシーツに身を投げる。彼女は窓枠へ手をかけたのか、その辺りがタンタン鳴っている。 「いい天気だよ大地〜。海日和だよ〜」  日本人ならば誰でも知っている海の童謡を鼻で奏で、ご機嫌な麦は、俺とは正反対のザ・朝型。両手を股に挟み、もにょもにょと動くだけの俺の背中を突いてくる。その途端に、全神経がそこへ集中。彼女への「好き」が勝手に反応した。 「早朝に来るなら事前に連絡くれよお、そしたら昨日もうちょい早く寝たのに……」  もにょもにょと、まだエンジンのかかりきらない俺は、丸まった背中を麦に見せたまま。対してフルスロットルの麦は、乗り出した身と共に、そこへ指で落書きを始めた。 「だって私、スマホ持ってないもーん」 「いい加減買えよお……」 「そんなお金、うちにはありませーん。欠陥品の娘が医療費にばかすか使っちゃうんで、シングルのママは困っておられるのですっ」 「それって……自分のこと……?」 「イエス!イグザクトリー!」  だいち すき  そんなことを背中へ書かれた気がした俺は、おそらく相当な自惚れ野郎。  上半身をむくりと起こし、麦を見る。 「そういう言い方すんな」  意図したわけではないけれど、普段よりも声音(こわね)は低く。 「自分のことを欠陥品だとか言う麦の心の方が、よっぽど欠陥してるよ」
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