麦の音

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 チリンチリン。  (むぎ)は自身の存在を、いつも自転車のベルで知らせてくる。  チリンチリン チリンチリン。  春夏秋冬、朝昼晩。勉強中だろうが睡眠中だろうが白熱しているゲームの最中だろうが、そんな音が戸建て一階の自室へと響けば、俺は反射的に窓を開ける癖がついていた。  ベッド(かたわら)、ロックを外し、モザイクガラスを横へスライド。すると今日は割とキツめな陽光と共に、割とキツめなテンションの麦が視界に飛び込んだ。 「大地(だいち)おはよー!海いっこ〜!」  アホと、バカと、気狂(きちが)いと。その三種を複合した言葉がこの世にないものかと、刹那頭の辞書を捲ったが、それと(おぼ)しきものも見当たらないので、とりあえずはア行までページを戻す。 「アホかっ」  なによその顔、などともし言われることがあるならば、これは(まばゆ)い朝陽に目を細めているだけだと偽ろう。 「ひっど!大地なによその顔、超怒ってんじゃんっ」 「朝陽が眩しいだけ」 「うっそだあ」  ()の傾きから察するに、今は午前の前半で間違いなし。本来ならばまだ、夢の中で過ごせた日曜の朝。恋慕を寄せる相手でも、俺がへそを曲げるのは仕方ない。
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