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23時59分のhappy birthday
「ああ、いいですよ。そんなの」
僕がヒラヒラと手を振って笑うと。
「いえ。ホントにご迷惑をおかけしてしまって申し訳ないので……」
彼女が再びバッグを取ろうとしたので、僕は言った。
「じゃあ、その代わりと言ってはなんですが。あと少しだけ僕につき合ってもらえませんか?それでチャラってことで」
「え?」
「あなたの家まで送らせて下さい」
「えっ?」
彼女が明らかに困惑した表情を見せたので、僕は慌てて言った。
「あ、違いますよっ?ナンパとかそんな変な意味ではなくてっ……。もう時間も遅いですし、足のケガを含めてあなたのことが心配なので。ホントに家の前までお送りしたいと思っただけですから」
真面目にそう説明する僕を見て、どうやら彼女も安心したらしい。
彼女は笑顔でこう言った。
「ホントに優しい方なんですね。ありがとうございます。正直、ちょっと足も痛くて……。後ろに乗せていただけたら助かります。……あなたがとってもいい人でよかったです。ホントなら、自転車で突っ込んできた私のことを怒って当然なのに。こんな風に手当までしてもらって……」
「いいえ。僕の方こそ、なんだかあなたに救われました。ちょっと落ち込んでいたので。あなたとこうして話していたら、ちょっと元気になりました」
へへへっと笑って頭をかいた。
「え?」
彼女がちょっと笑いながら、不思議そうに僕を見た。
「実は僕、今日誕生日だったんですよ。26回目の。それなのに、いきなり彼女にフラれるわ、仕事でミスって残業だわで……。いいことなしの1日で、ガックリしながら帰るとこだったんです」
出会ったばかりの見ず知らずの彼女に、なんでこんな話をしているのか。
自分でも不思議だった。
でも、なんだか彼女と話していると、ブルーでどんよりしていた気持ちもどこかに消えて。
気持ちが軽くなっていくような……そんなカンジがしたんだ。
僕は、腕時計をちらっと見た。
「23時57分……。もうすぐ日付変更ですね」
はははと笑って彼女を見ると。
今まで笑顔だった彼女が、なんだか物珍しいモノでも見るかのような目で、僕の顔をじーっと見ているではないか。
あれ……。
いきなりこんな自分の話して、変なヤツだと思われたかな。
ちょっと後悔し気味に頭を触っていると、突然彼女が立ち上がり、足を引きずりながらカゴの中のバッグの隣にある紙袋の荷物を取り出した。
「?」
そして、再び座ると慌てたように僕に訊いてきた。
「今、何分ですかっ?」
「え?あ……58分……だけど」
僕が腕時計を見ながら言うと、彼女は嬉しそうに、でもかなり急いだ様子で紙袋から小さめの白い箱を取り出した。
そして、勢いよくパカッとフタを開けたんだ。
ケーキ……?
箱の中からは、生クリームとイチゴでデコレーションされた手のひらサイズの小さなホールケーキが現れた。
「あー。やっぱりぐちゃってなっちゃってる。でも、食べれますからっ」
そう言いながら、彼女は慌てて中に入ってたカラフルなロウソクをケーキに差し出した。
「火!ありますっ?ライターとか!」
「え?あ、ああ……はい」
僕はワイシャツの胸ポケットからライターを取り出した。
「つけて下さい!なるべく急いでっ」
彼女に言われるまま、素早くロウソクに火をつけた。
ちょっとつぶれてイビツな形になっている丸いケーキに、2本の細長いロウソクの炎がゆらゆらと揺れている。
「何分ですかっ?」
「えっと……59分です」
僕が答えると、彼女はぱぁっと笑顔になって言った。
「よかった!間に合った。せーので一緒に消しましょうっ」
「え?」
「ほら、いきますよっ!」
な、なんだ?
僕はせかされるまま。
「せーーーの!」
彼女のかけ声に合わせて、ふたり同時にふぅーっとロウソクを吹き消した。
「わー。あなたと私のお誕生日、おめでとうっ!!」
パチパチパチパチ。
拍手して喜んでいる彼女。
「あなたと……私?」
確かに今、そう言ったような……。
すると、彼女が嬉しそうに大きくうなずいてこう言ったんだ。
「はい!私も今日誕生日だったんです!しかも26回目の。しかも……今日、彼氏にフラれました」
「ーーーーええっ⁉︎」
思わずのけぞった。
彼女も今日が26回目の誕生日で……。
おまけに彼氏にフラれたぁ?
こんな偶然ってあるのかっ⁉︎
あまりの驚きに、僕は信じられない気持ちで彼女の顔をマジマジと見た。
「ホ、ホントに……?ホントにあなたも今日、26歳の誕生日で……。今日、彼氏にフラれたんですか?」
「はいっ。あ……もう24時過ぎたから、昨日になっちゃいましたけど。私も8月7日が誕生日で、めでたく26歳になりました。このケーキは、半年つき合った彼氏からの別れ際の最後のプレゼントです」
そうだったのか……。
僕は、ようやくさっきの彼女の涙の理由を知った。
それにしたって……。
こんな偶然、そうそうあるもんじゃない。
ひょっとして、これは運命か?
そう思わずにはいられないほど、僕は彼女とのこの偶然の出会いにひどく不思議な感動を受けていた。
「……なんとなく予感はしてたんです。彼には、他に好きな人がいるんじゃないかなって。でも、まさか私の誕生日の日にフラれるなんて……。また、今年の誕生日もひとりぼっちだぁ……って。妙に寂しくなっちゃって」
彼女が、静かにケーキに視線を移した。
「私、あんまりつき合ったこととかなくて。誕生日はいつもひとりで。あ、友達にお祝いしてもらったことは何度もありますよ?もちろん家族にも。でも、好きな人と一緒に……っていうのがなくて。だから、そういうのいいなぁって思ってて。でも、それって……恋人と一緒に過ごしたいっていう、そのことに憧れてただけで……。
ホントは、私も彼に対して、『心から好き。ずっと一緒にいたい』っていう気持ちでいたかと言うと、正直そうでもなかったような……」
少し遠くを見るような彼女の目。
「きっと、その結果がこれなんですよね……。たぶん、寂しさや焦りを埋めたかっただけのおつき合いだったのかもしれないです。そんな自分にちょっと虚しさも感じたり……。自転車をこぎながら、いろいろな想いが込み上げてきて。なんか妙に寂しくて切なくて。涙が止まらなくなってしまって……。それで、たぶんちゃんと前が見えてなくて……。あなたに突進していってしまいました……」
申し訳なさそうにうつむく彼女。
「そうだったんですね。全然大丈夫です。それに……その気持ち、わかります。僕も同じような気持ちでしたから」
僕は、少しほほ笑みながら彼女に言った。
すると、彼女がハッとしたように口に手を当てて顔を赤くした。
「す、すみませんっ。私、ペラペラと勝手に話し出しちゃって……」
「いいえ。全然気にしないで下さい。むしろ、あなたとこうして話ができて、すごく嬉しいです」
僕が笑って言うと。
「よかった、そう言ってもらえて……。ああ、なんだかあなたに話を聞いてもらったら、私も元気が出てきました。元気が出てきたら、なんだか急にお腹が空いてきました。ケーキ、一緒に食べません?じゃん、小さいけどフォークも付いてました」
2本の使い捨てフォークを手に、はにかんだように笑う彼女。
そんな気取らない飾らない彼女の可愛らしい姿に、僕は一瞬見惚れてしまった。
そして、なんだかすごく嬉しくて楽しい気持ちになり、僕も笑顔で彼女に言った。
「僕もあなたと一緒にいて、ホントに元気が出ました。そしてお腹が空いてきました。実は今日、晩飯抜きだったんで。ケーキ、食べてもいいですか?」
「はい!食べましょう。食べちゃいましょう」
「はい。いただいちゃいましょう」
「はい。もうキレイさっぱり食べちゃいましょう!」
「はい。もう残ずキレイさっぱり」
そのやりとりに。
思わずふたりで笑ってしまった。
彼女とつついて食べたちょっとイビツなこのケーキは、なんだか妙に美味しかった。
そして、ケーキを食べながら僕はずっと考えていた。
なんだろう。
このドキドキする愛しい感覚は……。
ふと横を見ると、彼女が嬉しそうにケーキを食べながら笑いかけてくる。
フラれたとは言え、別れたその日にこんなことを言うのは不謹慎かもしれないし、いい加減だと思われても仕方ないかもしれない。
しかし、僕はドキドキするその心の正体を知ってしまった。
僕は、彼女に恋をしてしまったんだ。
出会ったこの瞬間から。
そう、理屈じゃない。
僕は、彼女に恋をした。
「そうだ。すごく遅くなっちゃったけど、あなたの名前、訊いてもいいですか?」
にっこりほほ笑みかけてきた彼女。
「あ、はい……。トオルっていいます。あの……あなたの名前は……?」
「ハナです」
彼女の笑顔が、僕の心の中をふっとあっためる。
〝ハナ〟ーーーーーー。
最悪のカタチで終わるハズだった26歳の誕生日は、日付が変わる瞬間に最高の誕生日となった。
これが、僕とハナとの出会いだった。
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