①星屑のステージ

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【 ブルーモーメントの奇跡 】 空を、大地を、ギラギラと照らしていた真夏の太陽が地上に傾いて行き、地平線に沈んでいく。 眩しいほどのオレンジ色が、地上にどんどん吸い込まれて行き、ほんの少しだけ残った鮮やかな光が、瑠璃色(るりいろ)と混ざり合い空を彩る。 ――そして深い藍色に変わるブルーモーメント―― テンポの速い曲が、クラッシュシンバルと、バスドラムの低い音で締め括られた。 現実を忘れたようにリズムに乗っていた観客達は、少しの間を置いて流れて来た、駿さんのギターの優しいアルペジオに耳を澄ませ、水を打ったように静かになった。 あの曲だ…。 ジャングルジムの上に二人で座り、空から降って来たと彼が口ずさんだ曲。 夏の夜なのに、どこか冬の夜を思わせるように彼の声はやっぱり澄み切っていて、紺瑠璃(こんるり)の空に突き抜け、薄雲をも震わせるような…。 こんなに沢山の人の中で、彼が私を見つけてくれる筈はないと思った。 けれど… 突然、私が立っていた横で、噴水が水しぶきを吹き上げた。 噴水の天辺に乗った月と星のオブジェが白く光り、水面と辺りを照らす。 彼の視線が私を捉え、柔らかな微笑みを見せた。 ♫ 『僕らの想い出は 空に返そう   星屑に紛れて 僕は君を守る  けれど   守られてる事など  憶えてなくていい  巡る季節 風の匂い  今を感じて どうか(未来)へ』 あの日、聴かせてくれた歌と、歌詞が違っている。 きっと私だけでなく、彼の死を受け止められず、悲しみから抜け出せないファンの人達にも伝えたいのだと思った。 彼が歌いながら空へ伸ばした指先に、小さな星屑たちが瞬いている。 彼の唇が最後の言葉を紡ぎ終わり、ギターが最後の一音を(はじ)いた時、夢から覚めるように彼は消えてしまった。 涙を流す人… ただ呆然としている人… 空に向かい拍手をする人… 暫くの間、その場所から誰も動けずにいた。 ☆~☆~☆~ 駿さんが言っていた『五分間』 それがどんな事なのか結局何も分からず、駅から家までの道を歩く。 星空に彼の姿を探しながら。 ふと、あの公園のジャングルジムの天辺(てっぺん)に人影が見えた。 思わず駆け寄ると、彼が座っていて、さっき私を見つけた時のような柔らかな微笑みを見せた。 何も言葉は見つからず、冷たい鉄棒を握り締め、一段、もう一段と、彼と星に近付いていく。 彼の隣に座った私は、空を仰ぐ彼の横顔を見つめた。 彼の肩に手を伸ばそうとして、私はハッとして慌てて手を引っ込めた。 ここに居る彼は、幻… 手を伸ばしても触れられないこと、 抱き締めたくても、実体もなく体温を感じられないことに… きっと私は、絶望する…。 「また君の前に姿を現す事が、余計に悲しませてしまうのは分かってたけど…ごめんね。 どうしても伝えておきたくて…。 俺のことはどうか早く想い出にして欲しい。悲しみの中にいつまでも居ないで。 君には “ () ” ではなく “ (未来) ” を 向いて生きて行って欲しいんだ。 だから、言えなかった 『さよなら 』 を言いに来た」 彼が私の頬に触れた。 大きな手のひら。感じる体温。 これがあの『五分間』…… 確かに彼が戻ってきてくれた。 神様からのプレゼント。 この温もりを記憶の中に閉じ込めて、私は(未来)を向いて生きて行こう。 「さよなら」 「さよなら…」 彼の姿が消え、ジャングルジムの上で小さく光った星は、紺瑠璃の空に弧を描くように線を引き、空高く昇っていった。        ――Fin――
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