陽香と向日葵くん

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陽香と向日葵くん

夏の夜、わたしはいつも同じ夢を見る。 向日葵畑の中で佇む少年。 左目の下にあるホクロが印象的でガラス細工のように繊細で綺麗な顔をしていた。 「あなたは誰?」 わたしは彼にそう投げかけた。 だけど、彼は何も言わない。 ただ微笑んでいるだけ。 そこで夢はいつも終わる。 目を開けると白い天井が視界に入る。 「向日葵くん、今日も何も言ってくれなかったな」 ポツンと呟く。 向日葵くんというのはあの少年のことだ。 向日葵畑にいるから向日葵くん。 我ながら安直なあだ名だ。 向日葵くん、なんでいつも無言なんだろう。 ちょっとくらい喋ってくれてもいいのに。 わたしは軽くため息をつくとベッドから起き上がる。 それにしても、今日もイケメンだったな。 ニヤけてしまう。 わたしは 夢の中の彼に恋をしている。 着替えながら、彼のことを考えていると、 「陽香(はるか)!!早く起きなさい!!」 と階下からお母さんの怒号が響いた。 「起きてるよぅ」 わたしは階下に声を上げる。 「なら、とっととご飯食べちゃいなさい!」 わたしは「はーい」と返事をして階下に 降りていった。          ◆◆◆◆◆◆ 「陽香また『向日葵くん』見たの〜」 柚月(ゆづき)が隣に座る。 「そうなのよ!今日もイケメンだった……」 「陽香は『向日葵くん』ラブだもんね〜」 柚月が乾いた笑いをする。 「それにしても、彼なんで夏の夜だけ夢に出てくるんだろうね。しかも無言で微笑んでるだけって。」 柚月は首を傾げた。 「そんなの決まってるじゃない!」 わたしは勢いよく立ち上がった。 「八月はわたしの誕生月だからよ!」 呆れた顔をする柚月。 「そうとは限らないよ……」 「えっ、違うの!?わたしてっきり誕生日を祝ってくれてるのかと。」  「六月も七月も夢に出てきてたじゃない。」 「それは前祝いみたいな?」 「ニヶ月も前から祝う人がいる??しかもなんで陽香を祝ってるのさ。無言で微笑んでるだけなんでしょ おめでとうって言われてもないのに」 「そうかー」 あれはお祝いじゃなかったんだ。 ちょっとガッカリ。 ってことはもしかして 「わたしのこと好きで出てきたんじゃない?」 「相変わらずのポジティブ思考だな。 また話が堂々巡りになるよ。もし陽香のこと好きだとして、でもなんで夏に出てくるのかって話に。」 そっかー。 「んー彼はなんで夏に出てくるんだろう。」 そう呟いたとき、チャイムが鳴り担任の原口先生が入ってきた。 「はい、みんな席につけぇーホームルームを 始めるぞ」 するとあちらこちらで話していたクラスメイトたちが のろのろと席につき始めた。 日直が、号令をかける。 「よろしくお願いしまーす」 ガタガタと音を立てながら椅子に座り先生の話に 耳を傾ける。 「転校生を紹介する。入りなさい」 えっ、転校生?! みんなざわざわしている。 入ってきた少年の顔を見てわたしは息を呑んだ。 左目の下のホクロ。 繊細で綺麗な顔。 それはまるで……。 「『向日葵くんっ?!』」 思わず声を上げる。 「ちょっと、何言ってるの陽香」 柚月が慌てた顔で囁いた。 だって仕方ないじゃない! 彼がこっちを見る。 「今日から、このクラスで一緒に過ごす水上(みなかみ)葵くんだ。仲良くしてやってくれ。」 彼は夢の中の『向日葵くん』に そっくりだった……いや本人だったんだから!
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