兄の記憶

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夕食後。 ビールを片手に席を立つ。 ベランダに出ると、星が見える。 カズヤが古びた望遠鏡をいじっている。 父が昔、カズヤに買ったものだ。 「教授が奨学金の推薦してくれて、  大学に残れそうなんだ」 「すごいな。  頑張れよ」 「うん、ありがとう」 過去の自分が目の前にいる。 「俺、  今でも友だち作るの下手だし、  マイペースで人と合わないし、  変なとこにこだわるし。  兄ちゃんがいなかったら、  多分毎日もっとつまんなくて辛かったかも」 「そうかな」 でも確かにそうだ。 何もかもつまらなくて。 人の話は意味が分からなくて。 兄の教えてくれることだけが、楽しかった。 カズヤの記憶。 「なあカズヤ」 「なに?」 「俺との歳の差が縮まらないの、  悔しかった?」 「…本当に俺のこと分かってるね」 今度はカズヤが顔を真っ赤にしていた。 「あはは」 笑ってビールをあおる。 カズヤは望遠鏡を覗き込む。 弟は酒を飲めない。 飲むとすぐ真っ赤になって眠くなる。 無理をするとすぐに吐く。 さっきも両親とうまそうに酒を注ぎ合うのを、羨ましそうに見ていた。 あの悔しさは、カズヤが俺に向けるものだったのか。 「兄ちゃんはいつまでも兄ちゃん。  今でも敵わないよ」 自立して一人暮らしして。 時々帰ってくると仕事の面白い話をして。 いつも笑ってる。 苦労もしてるだろうけど、それは見せない。 憧れの兄がいた。 それがまさか自分だなんて。 思いもしなかった。 弟から見た自分が、あんなに頼もしいなら。 捨てたもんじゃないかもな。 終
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