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高畑が雑誌の記事を纏めて日が傾いて来たとき、成美が戻ってきた。そして高畑を見つけると成美の方から歩み寄ってきた。
「高畑さん、白崎遥斗君の件、やはり少し不可解な点が出てきました。」
「やっぱり。取材か。」
「はい。あの事件、気になるので。」
「で、何が分かったの?」
成美はメモをしたスマホを出して話をする。
「…白崎遥斗君の事件を露天風呂で目撃者した男性の証言です。」
「あ、俺も聞いたかも。」
「はい、その人に詳しく話を聞きました。すると…その人はテレビを見ていたと。人気女子アナ、三田アナが出演しているコーナーを見ていたと。そのオンエアーは全部で14分28秒。男性の話ではそのコーナーを見ているときに白崎さんは足湯に。そしてコーナーが終わる前には血相を変えて出てきたと。」
「つまり?」
「10分程の時間。不注意という可能性もありますが、足湯で不注意で子どもが沈むには時間が短すぎます。…普通にしている父親が、スマホもテレビもない狭い部屋で簡単に見落とすとは思えないんです。」
「…ふーん…。しかし、子どもが転落したりそういう事件は聞くけどな。」
「…詳しくは分かりませんが白崎遥斗君は当時1歳8ヶ月頃。目撃の話でも立ち上がりはしていたと。」
「…じゃあ…一体…。」
成美は少しだけ呼吸を整えて口を開いた。
「10分。確かに不注意による溺死には短時間です。…ですが…
幼い子ども沈めるには十分過ぎる時間です。」
「…沈める?」
「…もし、父親が腹を決めて行うなら。」
「周囲に人がいない事を確認して…沈める。血相を変えて出てきたのは…演技ってか。…でもわざわざなんでそんなことを?育児に疲れたとかならもっと目立たない所でやればいいし、わざわざ不特定多数の人が現れる可能性がある、場所でそんなことをしないでも。」
「…白崎さんはかなり育児疲れをしていたようです。…奥さんはだいぶ自由でほぼ子どもと居るところを見たことがないと、逆に旦那さんはほぼ子どもと居るところを目撃されていると。」
「家族間に問題か…。その後に自殺。」
高畑の脳裏には白い靄。黒い影に押し込まれて足湯に沈むイメージが。
汗が垂れる。
息が詰まる。
「…。」
《声が出ない!…助けてくれ!》
「高畑さん!」
「!?…何?」
「…これ…きっと…まだ何があります!」
「あ。…あぉ、…そうだな。鈴野さんだったか?奥さんにも話を聞かないと。」
「分かりました。」
成美は高畑の前からまた去っていく。
「あ、成美さん…実は…この記事の…件は…。はぁ。」
高畑は一瞬我を忘れて、突然の息の詰まる光景も、新沼から別ネタを考えるように言われていた事も言えなかった。
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