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そこは真ん中に湯が川のように流れている。深さは5センチというところか。左右から溢れる水が絶えず流れて膜のように赤紫の石の表面を伝い真ん中の湯に流れ込む。
部屋は白い蒸気で満ちており視界は悪い。こもる蒸気は鼻の奥から血流を増し、辛く痺れ、浮くような気持ちを生み出す。
チョロチョロと絶えず音を立てて流れる湯に、立ち上った蒸気は天井で水滴に戻り、下へ帰ってくる。
時折落ちる雫は湯に落ちるとピジョンと音を立てて反響し何度も耳を打つ。揺らめく水面の光は湯の中から照らされ、蒸気で拡散し妙なボヤケを生み出していく。
肺に空気が入り込むと何故か寒気が。
「…タ…ス…ケ……。」
寒気と共に波打つ湯が響かせる波音。そして反響する小さな声。更にそれらをかき消す声が。
「お客さん!?」
「!?」
「そこは立ち入り禁止ですよ。」
「あ、…あぁ、あぁ。すみません。」
高畑は頭を下げて扉を閉める。目の前に居る相手は眼鏡の向こうで目を三角にしている。その顔、さっきモニターの向こうで見た。店長の如月遊矢だ。こうしてみると思ったより背が高い。高畑は自身の背丈が高いことは知っているが、自分より低くも背が近いことに驚いていた。
「全く。」
遊矢は呟きながら高畑を軽く押しその建屋から離すとカラーコーンの位置を直し、丁寧に持っていたタオルで壁や足元を拭く。随分と丁寧に処理するものだ。関心半分と興味半分。高畑は後ろから遊矢に近づいた。
「…今度…オープンするんですか?足湯は?」
「…いえ。」
「随分と…気が入ってますが。」
「ここは……先代の遺産なんです。だから触れないで下さい。」
そう言って遊矢は去って行きかけたが、足を止めた。くるりと振り返り、高畑の方へ。
「…触れないで下さい!」
「…。」
どうやら高畑の腹の中は見透かされていたようだ。
「すみません。」
「いい大人なんですから、ルール位守ってください。」
「…いや、…私。…あ、そうか。今は名刺もないか。…あの、雑誌の記者で。もし何かあればお力になれるかと。」
「力?…要らないよ。」
「普通の記事じゃないので、…まあ、嫌なことや言いにくいことも取材として話してみると楽になりますよ。」
「…あなた…出禁にしますよ?」
高畑を遊矢は振り払い去っていく。
そうして姿が消えるのを確認して建物を見つめる。
「なるほどね…なんかあるんだな。」
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