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というわけで、翌日の昼休み。
間中くんは、誰よりも早く給食を食べ終えるとびゅんっと教室を出ていった。
一方、私は特に急ぐこともなく、最後の牛乳まできっちり飲み終えてから図書室へと向かった。
さて、間中くんは、図書室のどのあたりにいるだろう。
長机のところ?
それとも、昨日結麻ちゃんが声をかけてきた書棚のあたり?
(私なら、受付の近くで待つな)
あのあたりが、図書室全体をいちばんよく見渡せるから。
もちろん、ただ突っ立っているとへんに思われるから、手にはカムフラージュ用の本を持っている。
で、受付脇の柱に寄りかかって、ページをめくりながら様子見する感じ。それなら結麻ちゃんが来たときすぐにわかるし、本を探す結麻ちゃんをこっそり眺めることもできるから。もっとも、今日結麻ちゃんが図書室に来る確率は極めて低いわけだけど。
3階奥の図書室に到着すると、私はそっとドアを開けた。
そのとたん、入り口にいた誰かがぐるんって勢いよく振り返った。
(うわ……)
まさかの、入口での待ち伏せ。
間中くん露骨すぎだよ。
しかも、目があうなり「あっ」と声をあげて後退った。
ハイハイ、私もここに来るってこと、頭からすっぽり抜け落ちていたわけだね。なるほど、そこまで結麻ちゃんのことで頭がいっぱいか。
「来ないよ」
「……へっ」
「結麻ちゃん来ないよ、ここには」
「えっ……な、なんで!?」
大声で聞きかえしたあと「やばっ」って口元を押さえたけど。
遅すぎ。もう聞いたから。
あれだよ、ほら最近読んだ本に書いてあった「言質をとった」ってやつ。
「そんなの決まってるでしょ。嘘だからだよ」
「……嘘?」
「昨日の電話が」
「えっ」
「あんなの本当にかけてるわけないじゃん。校則で禁止されてるのに」
なのに信じちゃってバカみたい。
まあ、間中くんは単純だからひっかかると思ったけど。
「やっぱり結麻ちゃんのこと好きなんだ」
「お、俺は、べつに……」
「じゃあ、なんで今ここにいるの? 結麻ちゃんに会いたいからじゃないの?あわよくば、私をダシに結麻ちゃんと話がしたかったんじゃないの?」
「そんな卑怯なことしねぇよ!」
間中くんは、耳まで真っ赤になった。
「佐島をダシになんて考えてねぇ!」
「あ、結麻ちゃんに会いたかったのは認めるんだ?」
「……っ、俺は……」
「ハイハイ、いいよ、否定しなくても」
間中くんの気持ち、もうバレバレだし。
いくら恥ずかしいからって、いちいち誤魔化さなくても──
「そうじゃねぇ!」
ギュッて左腕に痛みが走った。
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」
間中くんが、ものすごい力で私の腕を掴んでいる。まるで「こっちを見ろ」っていうみたいに。
「佐島は卑怯だ。こういうやり方は嫌いだ」
「……」
「俺は、友達にこういうことをされたくない!」
らんらんと輝く大きな目。お姉ちゃんがかんしゃくを起こすときとは違う、まっすぐすぎる強い光。
「あの……」
図書当番の人が、受付から身を乗り出した。
2年生を示すリボンタイが、胸元で控えめに揺れていた。
「静かにしてね。ここ、図書室だよ」
その手にあるのは、例の黄色いカード。
私が口を開くより先に、間中くんが「すんませんっ」と頭を下げた。体育会系らしい張りのある声に、2年生の彼女はさらに顔をしかめた。
ダメじゃん。
思わず洩れたそのつぶやきは、たぶん彼の耳には届いていない。
だって、すぐに図書室を出ていってしまったから。
ドアの向こう、どんどん遠ざかってゆく足音。
図書当番が席に戻っても、私はうつむいたまま動けずにいた。
今、間違いなく私はひとりぼっちだった。
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