第2話

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 というわけで、翌日の昼休み。  間中くんは、誰よりも早く給食を食べ終えるとびゅんっと教室を出ていった。  一方、私は特に急ぐこともなく、最後の牛乳まできっちり飲み終えてから図書室へと向かった。  さて、間中くんは、図書室のどのあたりにいるだろう。  長机のところ?  それとも、昨日結麻ちゃんが声をかけてきた書棚のあたり? (私なら、受付の近くで待つな)  あのあたりが、図書室全体をいちばんよく見渡せるから。  もちろん、ただ突っ立っているとへんに思われるから、手にはカムフラージュ用の本を持っている。  で、受付脇の柱に寄りかかって、ページをめくりながら様子見する感じ。それなら結麻ちゃんが来たときすぐにわかるし、本を探す結麻ちゃんをこっそり眺めることもできるから。もっとも、今日結麻ちゃんが図書室に来る確率は極めて低いわけだけど。  3階奥の図書室に到着すると、私はそっとドアを開けた。  そのとたん、入り口にいた誰かがぐるんって勢いよく振り返った。 (うわ……)  まさかの、入口での待ち伏せ。  間中くん露骨すぎだよ。  しかも、目があうなり「あっ」と声をあげて後退った。  ハイハイ、私もここに来るってこと、頭からすっぽり抜け落ちていたわけだね。なるほど、そこまで結麻ちゃんのことで頭がいっぱいか。 「来ないよ」 「……へっ」 「結麻ちゃん来ないよ、ここには」 「えっ……な、なんで!?」  大声で聞きかえしたあと「やばっ」って口元を押さえたけど。  遅すぎ。もう聞いたから。  あれだよ、ほら最近読んだ本に書いてあった「言質をとった」ってやつ。 「そんなの決まってるでしょ。嘘だからだよ」 「……嘘?」 「昨日の電話が」 「えっ」 「あんなの本当にかけてるわけないじゃん。校則で禁止されてるのに」  なのに信じちゃってバカみたい。  まあ、間中くんは単純だからひっかかると思ったけど。 「やっぱり結麻ちゃんのこと好きなんだ」 「お、俺は、べつに……」 「じゃあ、なんで今ここにいるの? 結麻ちゃんに会いたいからじゃないの?あわよくば、私をダシに結麻ちゃんと話がしたかったんじゃないの?」 「そんな卑怯なことしねぇよ!」  間中くんは、耳まで真っ赤になった。 「佐島をダシになんて考えてねぇ!」 「あ、結麻ちゃんに会いたかったのは認めるんだ?」 「……っ、俺は……」 「ハイハイ、いいよ、否定しなくても」  間中くんの気持ち、もうバレバレだし。  いくら恥ずかしいからって、いちいち誤魔化さなくても── 「そうじゃねぇ!」  ギュッて左腕に痛みが走った。 「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」  間中くんが、ものすごい力で私の腕を掴んでいる。まるで「こっちを見ろ」っていうみたいに。 「佐島は卑怯だ。こういうやり方は嫌いだ」 「……」 「俺は、友達にこういうことをされたくない!」  らんらんと輝く大きな目。お姉ちゃんがかんしゃくを起こすときとは違う、まっすぐすぎる強い光。 「あの……」  図書当番の人が、受付から身を乗り出した。  2年生を示すリボンタイが、胸元で控えめに揺れていた。 「静かにしてね。ここ、図書室だよ」  その手にあるのは、例の黄色いカード。  私が口を開くより先に、間中くんが「すんませんっ」と頭を下げた。体育会系らしい張りのある声に、2年生の彼女はさらに顔をしかめた。  ダメじゃん。  思わず洩れたそのつぶやきは、たぶん彼の耳には届いていない。  だって、すぐに図書室を出ていってしまったから。  ドアの向こう、どんどん遠ざかってゆく足音。  図書当番が席に戻っても、私はうつむいたまま動けずにいた。  今、間違いなく私はひとりぼっちだった。
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