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「トモちゃん、なんだか元気ないね」
どうかしたの、と結麻ちゃんに顔をのぞきこまれて、私はグッと唇を引き結んだ。
なんてことだろう。勉強を教わりたくて、わざわざ結麻ちゃんにうちまで来てもらったのに。
「ごめん。大丈夫、ちゃんと集中する」
「集中はしていると思うよ。ただ『元気がないなぁ』って思っただけ」
結麻ちゃんの髪の毛が、さらりと揺れる。鼻をくすぐる甘いシャンプーの香り。結麻ちゃんっぽい、やさしいにおいだ。
「ちょっと、クラスの子と気まずくて」
話すつもりじゃなかったのに、つい口を開いてしまった。
「ケンカしたの?」
「ケンカ──というか、怒らせちゃった、というか」
あれから3日経ったけど、間中くんとはぜんぜん話をしていない。昨日の数学の宿題も一昨日の社会のも、間中くんは別の子にノートを見せてもらっていた。
「謝らないの?」
「え……」
「『怒らせた』ってことは、トモちゃんが何かしたんでしょう?」
ううん、私は悪くない。私があんなことをしたのは、間中くんがウジウジしていたせいだ。
なのに、はっきりそう言えない。結麻ちゃんのきれいな目に見つめられると、喉のあたりがザワザワしてしまう。
「たしかに、私が悪かった……のかも」
「どうして?」
「だますようなことをしたというか。相手の子が秘密にしようとしていたことを、だますやり方で、その……むりやり……」
「暴いてしまったの?」
「……うん」
「どうして?」
「気づいてた……から」
間中くんが、私に打ち明けたかったこと。
気づいていて、そのくせなかなか打ち明けないからイライラした。それでついあんな態度をとってしまったんだと思う。
「つまり、トモちゃんは打ち明けてほしかったってこと?」
「……わかんない」
恋愛話なんて興味がない。あんなに仲良かった綾の恋バナですら、途中でうんざりしてしまったくらいだ。
ああ、でも──
「ムカついては、いたかも」
「どうして?」
「その子は、私と同じだと思っていたから」
間中くんは、よくサッカーの話をしている。
ひまさえあれば、サッカー、サッカー。部活に力を入れすぎて、授業中に居眠りすることもしょっちゅう。たまに起きてノートをとっていると思ったら「昨日コーチに言われたフォーメーション書いてみた!」って、自慢げに他の子たちに見せていたくらい。
「そういう子だから、初恋とかまだだろうなって」
「トモちゃんと一緒だ」
「そう──うん、そう思ってた!」
なのに、間中くんは恋をしてしまった。
どぼんと深い池に落ちるみたいに。
これで彼も、綾やお姉ちゃんの仲間入りというわけだ。
「つまり、その子の秘密は『恋愛』のことなんだね」
「えっ、あ……う、うん、まあ……」
相手は結麻ちゃんだよ、とはさすがに言えない。よく「空気を読めない」と言われる私だけど、それくらいの気遣いはさすがにできるつもりだ。
「好きな人のことは、なかなか言えないよね」
「そうなの?」
「もちろん話すことに抵抗がない子もいるけど。秘密にしておきたいって人もけっこう多いよ」
恋ってね、と結麻ちゃんは自分の胸にそっと手を当てた。
「このあたりに小さな宝箱があって、そのなかにキラキラしたものをそっと閉じ込めている感じ」
結麻ちゃんの言葉につられて、その「宝箱」のことを想像してみる。
ぽわん、と頭に浮かんだのはてのひらサイズの木製の箱だ。もちろん鍵がかかっていて、開けられるのは本人だけ。
(間中くんも、そういうの持っているのかな)
それを、私が開けちゃったってことなのかな。
結麻ちゃんは、さっき私に「暴いたの?」って訊いた。「暴く」──いやな言葉だ。力尽くで、むりやりこじあけるみたいな印象。
でも、私が彼にしたのはそういうことなのだ。
「結麻ちゃん、私……やっぱり謝るよ」
明日、ちゃんと謝ってくる!
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