第2話

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「トモちゃん、なんだか元気ないね」  どうかしたの、と結麻ちゃんに顔をのぞきこまれて、私はグッと唇を引き結んだ。  なんてことだろう。勉強を教わりたくて、わざわざ結麻ちゃんにうちまで来てもらったのに。 「ごめん。大丈夫、ちゃんと集中する」 「集中はしていると思うよ。ただ『元気がないなぁ』って思っただけ」  結麻ちゃんの髪の毛が、さらりと揺れる。鼻をくすぐる甘いシャンプーの香り。結麻ちゃんっぽい、やさしいにおいだ。 「ちょっと、クラスの子と気まずくて」  話すつもりじゃなかったのに、つい口を開いてしまった。 「ケンカしたの?」 「ケンカ──というか、怒らせちゃった、というか」  あれから3日経ったけど、間中くんとはぜんぜん話をしていない。昨日の数学の宿題も一昨日の社会のも、間中くんは別の子にノートを見せてもらっていた。 「謝らないの?」 「え……」 「『怒らせた』ってことは、トモちゃんが何かしたんでしょう?」  ううん、私は悪くない。私があんなことをしたのは、間中くんがウジウジしていたせいだ。  なのに、はっきりそう言えない。結麻ちゃんのきれいな目に見つめられると、喉のあたりがザワザワしてしまう。 「たしかに、私が悪かった……のかも」 「どうして?」 「だますようなことをしたというか。相手の子が秘密にしようとしていたことを、だますやり方で、その……むりやり……」 「暴いてしまったの?」 「……うん」 「どうして?」 「気づいてた……から」  間中くんが、私に打ち明けたかったこと。  気づいていて、そのくせなかなか打ち明けないからイライラした。それでついあんな態度をとってしまったんだと思う。 「つまり、トモちゃんは打ち明けてほしかったってこと?」 「……わかんない」  恋愛話なんて興味がない。あんなに仲良かった綾の恋バナですら、途中でうんざりしてしまったくらいだ。  ああ、でも── 「ムカついては、いたかも」 「どうして?」 「その子は、私と同じだと思っていたから」  間中くんは、よくサッカーの話をしている。  ひまさえあれば、サッカー、サッカー。部活に力を入れすぎて、授業中に居眠りすることもしょっちゅう。たまに起きてノートをとっていると思ったら「昨日コーチに言われたフォーメーション書いてみた!」って、自慢げに他の子たちに見せていたくらい。 「そういう子だから、初恋とかまだだろうなって」 「トモちゃんと一緒だ」 「そう──うん、そう思ってた!」  なのに、間中くんは恋をしてしまった。  どぼんと深い池に落ちるみたいに。  これで彼も、綾やお姉ちゃんの仲間入りというわけだ。 「つまり、その子の秘密は『恋愛』のことなんだね」 「えっ、あ……う、うん、まあ……」  相手は結麻ちゃんだよ、とはさすがに言えない。よく「空気を読めない」と言われる私だけど、それくらいの気遣いはさすがにできるつもりだ。 「好きな人のことは、なかなか言えないよね」 「そうなの?」 「もちろん話すことに抵抗がない子もいるけど。秘密にしておきたいって人もけっこう多いよ」  恋ってね、と結麻ちゃんは自分の胸にそっと手を当てた。 「このあたりに小さな宝箱があって、そのなかにキラキラしたものをそっと閉じ込めている感じ」  結麻ちゃんの言葉につられて、その「宝箱」のことを想像してみる。  ぽわん、と頭に浮かんだのはてのひらサイズの木製の箱だ。もちろん鍵がかかっていて、開けられるのは本人だけ。 (間中くんも、そういうの持っているのかな)  それを、私が開けちゃったってことなのかな。  結麻ちゃんは、さっき私に「暴いたの?」って訊いた。「暴く」──いやな言葉だ。力尽くで、むりやりこじあけるみたいな印象。  でも、私が彼にしたのはそういうことなのだ。 「結麻ちゃん、私……やっぱり謝るよ」  明日、ちゃんと謝ってくる!
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