第1話

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「ありえない、ありえない! ふられたぁっ」 「……」 「今度こそうまくいくと思ってたのに!」  私の部屋に勝手にあがりこんで、恨み声をあげているこの人──名前を佐島真里(まり)という。  あまり認めたくないけど、私のお姉ちゃん。  ほんと迷惑。早く自分の部屋に戻ってほしい。 「ねえ、友香(ともか)もおかしいと思うでしょ? 2回だよ? 1ヶ月で2回もフラれたんだよ?」  それは、お姉ちゃんが惚れっぽすぎるからでは? 「授業中、何度も目があったし」  それは、お姉ちゃんがガン見していたからでは? 「『消しゴム貸して』って頼んだら、すぐに貸してくれたし」  消しゴムくらい誰にでも貸すのでは? 「占いでも、天秤(てんびん)座と射手(いて)座で相性サイコーだったし!」  そんな非科学的なものを信じるの、いい加減やめなよ。 「ねえ、友香聞いてる!?」 「聞いてる。ついでに『受験生なんだからもっと勉強すればいいのに』って思ってる」 「勉強なんてどうだっていいじゃん!」  お姉ちゃんは、ベッドの上で足をバタつかせた。 「恋だよ、恋! 恋より大事なものなんてないじゃん!」 「それはお姉ちゃんの考え。私には関係ない」 「なんで? 他に大事なものってある?」 「あるよ」  勉強とか読書とか、将来の夢とか、世界平和──は、さすがに大げさだけど、恋愛よりたいせつなものなんて、少し考えただけでいくらでも挙げられる。  なのに、お姉ちゃんは「でたよ、優等生」と私のことを鼻先で笑った。 「まあ、仕方ないか。あんた、初恋もまだだもんね」  ──また始まった。お姉ちゃん、すぐにこうやって自分が優位に立とうとするところがあるよね。 「それがなに? 恋することのどこがえらいの?」 「えらいんじゃなくてふつうなの。みんな、それくらいとっくに済ませてんの。つまり……」  これでもかってくらい、お姉ちゃんはふんぞりかえった。 「あんたは異常。だからクラスでも浮いてる」 「……」 「かわいそー。ほんとかわいそー」  さすがに、これにはカチンときた。  だって、私がクラスで浮いているのは、自分がそう望んだことの結果だ。 気の合わない子と無理に仲良くしたくない。  だったらひとりで好きなだけ本を読んでいたい。  つまり「クラスで浮くこと」を、自分で選んだのだ。  なのに、なんで「かわいそう」だなんて勝手に決めつけられないといけないのだ。 「かわいそうなのはお姉ちゃんだよ」 「……は?」 「フラれてばかりのくせに、また同じパターンでフラれるの、学習能力なさすぎ。かわいそうすぎ」 「かわいそうじゃないし! 好きな人がいるだけ、あんたよりマシだし!」 「なにその『好きな子がいるほうがエライ』的な理論」  むしろ、好きな子がいる人たちって迷惑かけまくりなんですけど。  図書室でぺちゃくちゃ悩み相談したり、すぐに泣き出したり、勝手な噂を広めたり。  今だってそうだ。私は、今日の宿題と明日の授業の予習をしたい。それが終わったら、大好きな小説を読みふけりたい。  なのに、さっきから邪魔しているのはお姉ちゃんだ。勝手に部屋にあがりこんで、人のベッドをぐちゃぐちゃにして、大声で不平不満を口にして、挙げ句の果てに私のことをバカにして、ここが図書室だったら一発退場レッドカードものだ。 「あのさ、この際だからはっきり言うけど」  あまりにも腹が立ったせいか、男子並みに声が低くなった。 「お姉ちゃんのやってること、無駄だから。将来なんの役にも立たないから」  たとえば、私は今すごく勉強をがんばっている。  なぜなら「勉強」は裏切らないから。今がんばることで、いい高校・いい大学に進学できるし、いい会社にも就職できるから。 「でも『恋愛』は違うよね。今、がんばったところで『結婚』まではできないじゃん」 「……は? なんで結婚?」 「恋愛のゴールだからに決まってるでしょ」  でも、中学時代から付き合って「結婚しました」なんて話、滅多に聞かない。  当然だ、みんな大人になる前に別れるからだ。  だったら意味がない。  恋愛なんて、もっと大人になってからでいい。  それよりも今は、もっと確実に「役に立つ」とわかっていることに力を注ぐべきでは?  そう口にしかけたところで、部屋のドアが控えめにノックされた。 「真里ちゃん、トモちゃん、入ってもいい?」
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